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ん、誰か呼んだ?


by zo-shigaya

三人吉三

 新春を寿ぐ江戸大歌舞伎の演目に河竹黙阿弥『三人吉三廓初買』があります。名せりふ「月も朧(おぼろ)に白魚(しらうお)の篝(かがり)も霞む春の空、つめてえ風もほろ酔いに心持よくうかうかと、浮かれ烏(がらす)のたゞ一羽塒(ねぐら)へ帰(けえ)る川端で、棹(さお)の雫(しずく)か濡手(ぬれて)で泡、思いがけなく手に入る百両」、
(ト懐の財布を出し、にったり思入れ、このとき上手にて、厄払(やくばら)いの声しておん厄払いましょう、厄払い、厄払いと呼ばわる)
「ほんに今夜は節分か、西の海より川のなか落ちた夜鷹(よたか)は厄落とし、豆沢山(まめだくさん)に一文の銭(ぜに)と違って金包み、こいつあ春から延喜(えんぎ)がいゝわえ。」

 このせりふを声色で真似したりするのは大好きですが、色と欲のドロドロ模様の黙阿弥の芝居じたいはあまり見たくありません。むしろ嫌いです。歴史的作品としては評価しても、それこそ金を払ってまで見に行きたいとは思いません。身近なところにそんな実例がごろごろしているから。

 二年程前、「金で買えないものはない」などとワルぶったセリフが大々的に報道されたのを見たとき、そんな話をした経営者の人格よりも、むしろこの程度の放言を、本気で受けとめて記事にするジャーナリズムのナイーブさ、幼稚さが不思議でした。結局この報道が大当たりして、学校では「お金で買えないものを10挙げましょう」などという勉強までしなければならないそうで、実にご苦労様というほかない。
 なぜこの程度の放言を、目を剥きだして大仰に報道するのだろう。報道する側からすれば、国民がそれを欲するからである、と言うだろうか。
 しかし、私たちの身近にいてそんなセリフを得意そうに吐く子供は仲間うちから村八分になるだろうし、社会人でそんな奴がいたら、職場や友人仲間で尊敬されない存在に決まっている。つまり取るに足らない人物と評価されるに決まっている。それを30代の経営者が口走れば、なぜ日本のマスコミはひきつけを起こしたようにして書き立てるのだろうか。ワルならワルらしく黙阿弥程度のセリフをしゃべれよ、と言うことだし、もしも報道が「平成のワル」としてのイメージ作りをしたいのなら肝心の、蓄財の悪の構図をもっと詳しく暴いたら良いではないか、と感じたものでした。

 見栄も毒も無いサル芝居に東京地検が乱入して2006年の新春からジャーナリズムを賑わしています。
 連日の報道を見ていて、昨年の月刊誌「世界」連載の辛口コラム「経済社会戯評」がすでに的確な解説をしていたことを思い出しました。それもまさに上記の黙阿弥作品に見立てて『金儲け三人吉三巴白浪』と題されています。
 筆者は朔北胡茄というペンネームで(なんと読むのかフリガナはない)毎号寸鉄骨を刺すような面白さで愛読者は多いのでしょうが、なにせマイナーな雑誌(失礼!)への掲載ゆえ広く人目に触れる事が少ないようなので、以下にその内容を御紹介しておきます。詳しくは「世界」の2005年8月号190p以下を見てください。つまり、あのおぞましい!!コイズミ選挙の前に書かれたものです。

 「平成三人吉三」のお3人とは、国税庁「2004年高額納税者名」の公示で「だんとつ」1位の清原達郎、村上世彰、そして堀江貴文さんという面々です。いづれ劣らぬ顔ぶれであります。

 朔胡氏の結論を先に御紹介すれば、ライブドアは「グリーン・メーラーだ」とズバリと指摘しています。
 緑のお手紙人?、さてそれはどういう職業でしょうか?
「日本の公開株式会社が総会屋を生み、アメリカのそれがグリーン・メーラーを生みました。いずれもダーテイな職業です。」
 明快です。つまり堀江は成りを変えた、アメリカ仕立ての総会屋だ、ということです。
 日本では「総会屋は少数の株券を持って株主総会で会社に対していやがらせの発言をすることをほのめかしたりして会社から金品をえようとします。また雑誌類を発行して会社のいやがる内部事情を書くなどして、これを高く買い取らせます。大物になると、こうした株主総会のゴロを抑えて総会をスムーズに運営するよう株主総会をリードするなどして報酬をうるものです。これは商法改正によって刑事罰となりました。」
 そうでした。この罰則で総会屋も封じこめましたが、一方で企業の株主総会担当役員が罪をかぶったケースもありました。
 さて、これに対してアメリカの「・・グリーンメーラーとは狙った株を高利で集めた金で買い集め、会社を脅して高値で買い取らせるものです。ブラック・メール(恐喝状)に掛けてグリーン(南北戦争の時発行した紙幣の裏が緑であったところから紙幣を意味する)・メーラーといわれています。」
 そして「グリーン・メーラーは堀江貴文さんです。ニッポン放送の株を買い占め、結果としてフジテレビに買い取らせ、大儲けをしました。グリーン・メーラーそのものです。」
 ここまで読んでも、ふ〜ん、そういうもんか、日本ではまだ法が未整備だもんな、と他人ごとの気持が残りますが、実はこのコラムの凄さは次の指摘です。
「堀江さんはライブドアの株2.2億株余り、全体の36.43%を所有しています。(勿論このコラム執筆時点*引用者註)いま1株300円とすると時価660億円となります。どうしてこれだけの資産を短期間につくることができたのでしょうか。税逃れはどうして可能だったのでしょうか。それは『世界』の5月号で上村達男早大教授が指摘しているように、刑事罰にあたる行為によってでしょうか。」
 問いかけで締めくくっていますが、その問いの7ヶ月後に東京地検が解答を出してくれる作業に取りかかった、ということでしょう。最終的なお答えは、国税庁かな。

 さてせっかくですから、あとのお二人の吉三さんについての評価も見ましょう。
 マスコミが「サラリーマンの億万長者」と報道した清原達郎氏。「清原さんはサラリーマンなのでしょうか。私にはそうは思えません。」と経歴を紹介する。
 81年東大卒野村証券勤務、アメリカ駐在も経験の後、アメリカの投資銀行ゴールドマンサックス東京の転換社債部長、そしてモルガンスタンレーの財務戦略部長。その後スパークス・アセット・マネージメントの投資信託の運用部長を経てコンサルタント会社「タワー投資顧問」とつくった人、だそうだ。
 この日本企業のスパークスに、初めて、アメリカ最大の公的年金資金(カルパスーカリフォルニア公務員年金基金)が入り運用をまかされたようで「その企業の投信の運用部長が清原さんかもしれません」と慎重な記述があります。
 氏は96年に「タワーK1(ワン)J」なる投信をスタートさせる。Kは清原、一号ファンドのこと、タワー社はこの清原ファンドのための会社で、現在(05年*註引用者)社員15人で社長は谷村という人になっており、この人が二億円の資本金の1.2%240万円を持っているが社員全員は清原氏のために働いているのが実態。清原氏は運用部長となっているが、会社の事実上の運営者である、という。新聞が「サラリーマン」と報じるのは正しくないわけです。
 さて納税額約37億円推定年収約100億円のこの方の収入源は何か。「03年9月の投資顧問会社要覧によれば清原ファンドでは年金資金10億円の運用にはその0.42%が基本報酬として支払われる、とあります。420万円です。20億円の年金資産の運用を頼むと、10億円を超える分には0.27%、つまり270万円が加わり690万円となり料率は逓減されます。100億円の資産運用では年2010万円、これを超えた額には0.12%が加算されます。契約資産額に応じる基本料金です。96年現在運用資金は192億円、運用の成功が機関投資家の資金を呼び込み02年340億円、03年860億円、現在(05年)2600億円といわれ、これらから基本料金ともいわれる収入が入っています。」
 しかしこれだけでは100億円には不足ですから当然それ以外にあるわけで、「第2の、そして重要な収入源が成功報酬です。・・・利益の20%が成功報酬とされています。」
 預かった資産を運用して得た利益の20%が会社に入るという。それをどういう比率で分配するのかは分かりませんが、03年「タワーK1J」が103%の運用利回りを実現したときには清原氏は納税額8億557万円、推定所得21億円、02年には納税額3億9718万円、推定所得11億円、であったそうです。
 と筆者は実にこまかく所得と納税額を挙げておられます。もう堀江さんについての結論を読んだ私たちにはなぜここまで書くのか、が分かりますが、このコラムニストの文章の構成は実に良く計算されたものです。
 このタワー投信顧問が、ではどのような資金運用をしているのか、「割安な株を探し出し、それを買い、値上がりした時に売る、という手堅い運用のようです。選ぶ銘柄は人々が気付かない中小企業の株式が多く、どこの企業がどういう状態かをスタッフが丹念に調査し、その上で行動するというもののようです。」
 なるほど、株取引の王道であります。で面白いのは次のところです。
「おそらく清原ファンドが売買する株の会社名は『世界』の読者には無縁でしょう。オーハシテクニカ、カッパクリエイト、藤久、秀英予備校等々・・・です。」
 カッパクリエイトは回転すしチェーン大手、オーハシテクニカは自動車部品メーカー、藤久は手芸洋品店チェーン大手だそうです。おっ、良い事聞いた、私も真似をして買ってみようかしら、と色気を出す読者に、筆者は静かに忠告します。なんて親切なコラムニストでしょう。さすが『世界』の御用達です。
 「もちろん清原ファンドが安く買った時には安く売った人がいます。高い値段で売った時には高い値で買った人がいます。したがって清原さんが得をした時には損をした人がいます。1900(ママ)年代以後株式市場での売買は、プロ筋の利益、素人筋の損が続いていることを思うと、『世界』の読者が清原さんをマネて手を出すことは危険です。」

 さらに、いま現在のボーダーレスな資本の流れを『カルダンのコタツ蒲団』@現象という名言で説明します。
 つまり清原ファンドの資金源は外国の企業の金です。ゴールドマンサックスとかチェース(ロンドン)などの資本なわけですが、これらの世界の機関投資家が回転すしチェーンのカッパとか予備校チェーンなど、見たことも聞いたこともない状態で投資をし利益を上げているわけです。カルダンがコタツなるものを知るわけも無いまま、日本のデパートで「カルダンのコタツ蒲団」が売られていると同じような現象が起きているのです。
 「市場というものが、いかにいいかげんなものか、それとも利潤を求める資本の力が、いかに奇妙であっても、どこでも入り込んでいくかに感心すべきものなのでしょうか。」

 さてこの清原ファンドが、一応悟り済ました態の「和尚吉三」だとすると、村上ファンドは、もう無法無体な「お嬢吉三」です。長年内部蓄積をしている企業に目をつけて、押し借り強請ではなく、密かに株の買い占めを行い高配当を要求する手口です。
 2001年から2年にかけて内部留保金が1253億円あった婦人既製服の「東京スタイル」を標的にし静かに筆頭株主になり、705万8千株を保有したところで02年1月31日1株500円の配当を要求します。97年以来1株12円50銭の配当でしたからケタはずれな要求です。
 株主総会の多数獲得には失敗しましが、会社は配当を1株20円に上げ、さらに123億円を上限に自社株を買いました。これで株価は上がって村上ファンドは所期の目的を達します。
 さらに05年には大阪証券取引所、東京ソワールと狙いをつけそれぞれ増配と役員派遣などの”提案”を行ないます。(その後の阪神タイガース騒動でさらに有名になる)
 いずれも高値の条件を作りだし、保有株を市場で売って利益を上げます。すさまじい要求と、かつ理論武装でまくしたてるやり口に加えて、「村上氏が社長をつとめる会社の株の45%をオリックスが所有し、そのトップ宮内義彦会長の顔が見え隠れする」ことが、村上ファンドの特徴で、筆者はここでもずばりと言います。
「村上ファンドの特徴はグリーン・メーラーではありません。文字通り、脅しという意味のブラック・メーラーです。」

 買い占めた株を会社に買わせる手口のグリーン・メーラー「お坊吉三」堀江は、東京地検を口火に最後は国税局で年貢を納めることになるでしょうが、後の吉三さんたちの行方はいかがなものでしょうか。

 朔胡氏の明快な解説と、黙阿弥作品に見立てる鋭敏な文学センスには誠に感服します。幕末の悪たちが、舞台の上とは言え憎悪の対象とはならずに、むしろ江戸庶民の喝采を浴びてヒーローとなったのは紛れも無い事実です。
 今また、平成の「三人吉三」もその無法な振舞にもかかわらず、妙な共感や同情の中に包まれています。「ホリエモン頑張って〜」というメールが後を絶たないといいます。声援している御本人のお財布が空っぽになるかどうかという事よりも、その掟破りに共感がいってしまうという空気です。
 逼塞して、どこかが破れなくてはならない情勢なのでしょうか。
 朔胡氏はその臭いをはっきりと感じておられるようです。
 私には良く分からない。帰って幕末史を読んでみよう。
by zo-shigaya | 2006-01-20 16:22