ゾルタン星人だっせ

 マイケル・ムーアが『アホでマヌケなアメリカ白人』(柏書房)(原題Stupid White Men)の中で、映画狂の北朝鮮のキム・ジョンイルに、ジョン・ウエインやポルノだけではなく、もっといいアメリカ映画を見て欲しい、と推薦している四本の映画があります。
1.『イージー・ライダー』(デニス・ホッパー監督)
2.『200モーテルズ』(フランク・ザッパ、トニー・パーマー監督)
3.『DUDE、WHERE'S MY CAR?』(ダニー・レイナー監督)
4.『MY DINNER WITH ANDRE』(ルイ・マル監督)
 の4つです。
 2,3,4については、見たことがありませんでしたから、アマゾンで検索して見ました。このままの題名で検索しても出てきませんから、監督名で探して作品リストをみると、『DUDE、WHERE’S MY CAR?』なる作品は日本でDVDで出ていました。
  な、なんと、邦題名が『ゾルタン★星人』というのだそうです。
マイケル・ムーアはこの作品を「アメリカについて知るべきことは、すべてこの映画の中にある。」と言っています。おそらく「オーステイン・パワーズ」のような、ヘタウマ的映画、つまりカシコイのに、おバカな真似をして笑わせる、というものじゃないかしら。
 見ていないからなんとも言えないが、この邦題はオフザケが過ぎているのじゃないかな。なんでこんなキワモノ的売り方をするのだろう?どっちにしてもアマゾンに注文したDVDが来たら見てみよう。愛恋公女も一緒に見ようね。

 ところで、小泉首相が「華氏911」を、あれは偏向しているから見ないといったそうですが、それに歩調を合わせて日本の新聞の映画記事は、ムーアの映画をプロパガンダ映画として扱っています。
 映画はプロパガンダの最大の表現である、といわれます。そしてプロパガンダ映画としての最高の作品は、かのレネ・リーフェンシュタールの「美の祭典〜ベルリン・オリンピック」でありましょう。あの聖火を燈す美しい男女の裸体を映像にし、美と精神の祭典として、アーリア人の優越を世界に宣伝した映画こそプロパガンダの極地でありましょう。そしてこれこそ、「偏向している」映画の代表であります。金髪碧眼、体格の立派なアーリア人が真善美であり、ユダヤ人(そして日本人を含めた有色人種)は偽醜悪の民族である、という宣伝に使われた。
 それと比べて、例えばムーアの「ボーリング・ファア・コロンバイン」を見てください。彼ははっきりと銃規制の立場から映画を作りました。チャールストン・ヘストンをはじめとするアメリカの銃愛好家は、ムーアを偏向していると批判したに違いありません。プロパガンダとして酷評したでしょう。「偏向」とは、事実をすりかえて、あることをないことにして、ないことをあることにして、伝えることです。そしてプロパガンダとしては、その立場を感動にまでせり上げる力です。
 どうですか、ムーアさんのあの映画は、銃の過剰がさまざまな悲劇を生んでいる事実を伝えるドキュメンタリーでありました。この映画には事実のねつ造があるでしょうか。この映画を見て、なにやら崇高なものへ誘われたでしょうか。ただ感じるのは、皆が銃を持って武装していても、さっぱり犯罪は減らない、それどころか、益々犯罪が増える、という感想でしょう。ムーアの考えに与するか、反対するか、どちらの立場を取るかは、見た人の判断に委ねられています。これってプロパガンダかなあ。
 むしろ、立場を鮮明にして映画を作るのが悪い、という批判は観客数を気にする資本の論理なわけで、そこに拘っていないムーアに対して向ける言葉じゃないと思うけれどね。
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by zo-shigaya | 2004-09-05 14:48