ん、誰か呼んだ?


by zo-shigaya

暴挙

今回の小泉の解散を、判りやすい決断、という人がいる。
とんでもない暴論である。
衆議院は5票差で法案は通ったものの、参議院で否決された。
参議院で否決された法律案を通すためには、衆議院に再度付議して、出席議員の3分の2以上の多数を得て再び可決しなければ、法律にはならない。(憲法59条2項)
 小泉は解散総選挙のアジで、自民・公明が過半数を取れば、と言った。ウソをつけ、3分の2をとれば、だ。
 解散前の総議席数が477、その3分の2とすれば318人である。
 318人、この数字は可能か。
 解散前の議席数は、自民249、公明34合計283である。
すでに、35人足りない。そのうち造反した議員が37人いるから、この37人を皆ブチ落して、さらに35人を増やさなければならない。
 合計72人の「小泉」議員を増やさなければ、3分の2にはならないのだ。
 誰も確実な数字を上げることはできないが、現在の情勢から自民党は議員数で第一党を確保することさえ難しいと言われている。
 例えば、宮川隆義の予想では自民182公明39、合計221と出ている。
 どの予想にも誤差はつきものだが、プラスの方に100も出る、ということはありえない。
 9月11日の選挙で小泉派が大勝し、同じ法案が再度上程され、衆議院で3分の2の多数で可決採決される、という可能性は、この程度のものだ。
 このような情勢分析で税金を使った解散総選挙を行なう小泉は、神風を信じて対米開戦をした日本軍部と同じようなものだ。

 仮に、小泉が念願するように自民・公明で過半数を取り、「新・郵政民営化法案」が新規に提出されるとすれば、その内容は大幅に改正変更されたものでなければなるまい。大幅な改正変更が無いままに、過半数の賛成で衆議院を通過しても、参議院では再度否決になるだろう。同じ議員が、同じ問題について、大した時間もおかないで、賛否の判断を変える事が起きるはずがないと考えるのが常識的判断であるから。
 そんなに大幅に変更する余地があるとすれば、次期国会に改めて提出すればよいことで、やはり衆議院を解散する理由はなくなる。

 小泉をこのような暴挙に走らせるには、彼には、衆議院で過半数を取ったという戦果を突きつけて、反対した参議院議員一同を恐怖させ、意見を変えさせることが出来る、という妄念があるからだろう。
 しかし、このやり口は、南米諸国か、あるいはかってのギリシャで行われたような恐怖政治、独裁政治国家のものと大して変わらないではないか。
 それが出来る、と小泉本人が妄想として考えることは、カラスの勝手だが、なぜ、日本の報道機関はこの暴挙を糾弾しないのか。学者、評論家はなぜ手続き論だけを語って、議会制民主主義の基本的ルール違反を語らないのか。
 事態は最早、ポピュリズムからファシズムに進行しているではないか。
 自由主義国家を守らねばならないときだ。
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# by zo-shigaya | 2005-08-12 19:07

思い込み連想ゲーム

 文庫本の『言いまつがい』を愛恋が読んでお腹をよじっていた。糸井重里の「ほぼ日」に載っていたものだ。
 覚え間違い、あるいは思い込みというのはあるもので、あるとき、エッと気が付くことがある。これを訂正したり、教えていただく機会を持つことは有り難いことだ。
 似た名前の混同なら訂正は簡単だ。例えばルネ・クレールとルネ・クレマン、レスター・サローとナントカ・ソロー、これらは後で調べればよいからまだいい。
 与謝蕪村と与謝野晶子は夫婦でした、というのは我が家の子供たちの爆笑ネタだが、これは小学校の先生が言ったことだそうだ。
 勝手な思い込みはなかなかチェックが利かないものだ。そんな例のひとつをご紹介しよう。
 平岡昇と平岡篤頼が親子だ、という思い込みだ。同じ大学の同じ学部にいて、片やフランス史、片やフランス文学だもの、部外者は間違えてもしようがない。年齢も昇氏が1904年生まれ、篤頼氏が1929年生まれだから丁度、親子だ。本人にでも確かめなければなかなか真実はつかめない。
 この間違いは、4年前、仏文学者の清水徹さんとお会いして、おしゃべりをしているうちに、「それは違いますよ」と言われて知った。
 しかし訃報などを見ても、誰それと親子、または親戚、愛人という記事はたまに出るが、誰それと誰それは名前や年齢からみて、いかにもありそうにみえて、実は関係はありません、とはなかなか出てくることはない。姻戚などの誤った思い込みが訂正されるチャンスは少ない。 
 で、この間、その平岡昇さんの意外な履歴を知る機会に恵まれた。
 近くのいきつけの古本屋の安売コーナーに昔懐かしい朝日出版社の対談講義シリーズが何冊か並んでいた。
 その中に『人はなぜ怒りを謳う〜ナショナリズム講義:平岡昇+安岡章太郎』があったので200円で買ってパラパラと読んだら、
平岡昇さんは1904年福岡生まれ。東大仏文科卒、東大教養学部教授、早稲田大学教授を歴任。18世紀フランス思想、文学でフランス革命の研究者で主としてルソーが専門。ここまでは私でも知っている。
 それからが意外だった。福岡玄洋社初代社長・平岡浩太郎の甥で、さらに玄洋社から出た黒龍会の創立者・内田良平の従弟にあたるというのである。大アジア主義の源流の方であった。そしてこれまたこのテーマには縁遠いようなお相手として、安岡章太郎が選ばれたのは、安岡章太郎の奥さんの父親が、平岡さんと従兄弟同士という縁なのだそうだ。
 自分の出自に対して次にように話している。
「柄にも無くこんな話に引っ張りだされることを私が承諾しましたのは、あなた(註:安岡)がおっしゃったように、「右翼」の源流に自分の生い立ちがかかわりあって、右翼はいわば自分の運命みたいなものだという気持ちが、歳を取るにしたがって生まれて来たからですが、なにぶん私の青少年時代は右翼が一番マイナスの面を露出した時代で、私なんか右翼と聞けば拒否反応を起こしこそすれ、何の親近性も感じなかった。だから、この問題はできるだけさけて通ったんです。・・・青年時代の私の眼には、すべて右翼は一口に言って時代遅れのおぞましいもの、それだけでなく時代の進歩を阻害する有害な存在でしかなかった。」6〜7p

 別の解説では平岡昇は福岡時代、石川淳にフランス語の手ほどきを受けた、ともある。そして東大教授時代、澁澤龍彦の先生であったそうだ。早稲田でサドを研究したい、という学生がいると「僕は良く知らないから澁澤君を紹介しましょう」と言ってくれたのだそうだ。愛恋も相談してみればよかったね。

 この対談では安岡章太郎の近代日本史へのきわめて的確な見解が聞ける。「二・二六事件に比して海軍が起こした五・一五事件に対してはやたら評価が甘いのだけれど、これで戦前の政党政治が潰れてしまったのだ、大体、海軍のテクノロジー万能的な発想は無責任だ、山本五十六が偉いと言うけれど日米の戦力比較を問われて「開戦して一年間は随分暴れてみせますがその後はどうなるか判らない」という発言など無責任極まる、当時の地位からすれば、なぜはっきり「ダメです」と言わなかったのか、などなど。
 なかでも中江兆民を「きわめて聡明な人だ、このように聡明に生きていくことが日本人には大事だ」と言っているのは、兆民評価として貴重でレアな視点を提供してくれている。この点から兆民を読み直したいと、拙は発作的に思っております。

 安岡章太郎がこんな立派な見識を持つ人だとは知りませんでした。これまで『質屋の女房』とか『青葉繁れる』などの短編ぐらいしか読んだことがない。これらの短編からは、いわゆる「学校秀才」が大嫌いな人、という印象は持ったけれど、このように鋭利にして確固たる人間観察の持ち主だとは夢にも思わなかった。
 ところで、安岡姓から、安岡章太郎は陽明学者安岡正篤の甥だ、なんてことはないでしょうね。それは安岡章太郎を権威付けることではなくて逆に貶めることにもなるのですが。
 連想ゲームみたいな話しになったからついでに書いてしまうけれど、歴代総理の指南番とか、「松下政経塾」の相談役として名を馳せて、今でも良くモノを知らない保守の中国思想ファンが持ち上げる安岡正篤は、私の実家の芦屋方面では、ボロクソに言われている。戦前から陽明学の英才として地方人士にもてはやされ拙の実家などにも何度か講演に来ていたらしいが、戦後の混乱期、藁にもすがる思いの地方人士に対して「農地解放に次いで山林解放が行われることが決まった」という情報を流した。あの先生が言うのだから、とウチの地方の山林所有者たちは、争って山の木を皆伐して売り払った。新円切替え前ですから、全山伐採して売り払っても何百円、という金額だったそうだ。それがガセネタだったのだからたまらない。何百年か撫育涵養した美林は哀れ煙のごとく消えてしまったわけだ。
 安岡章太郎さんに言わせれば、陽明学を学んだ新潟の河井継之助なども実に商売にたけた人間だったというから、このようなどさくさした行動は陽明学者たる安岡正篤の本領発揮の姿かもしれない。知る人ぞ知る、だ。
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# by zo-shigaya | 2005-07-29 18:48

子供あつかい

 いつの頃からか、レジでお勘定してお釣りのお札を渡すときに、客の目の前で1枚2枚と数えて渡すのが流行している。スーパーやコンビニだけかと思ったら、青山の、いつも朝飯を食べに行くアン○センでもやっていたのには、正直、がっくりした。幼稚園の子供になった気分だ。下手な手品師のような手つきで、お札を客の目の前にかざして、「イチマ〜イ、ニマ〜イ、サンマ〜イ」と数えて見せる。「ハーイ、僕、良く見ててね、全部でいくらかな〜」と言わないだけまだましか。
 どうせなら手品みたいに、「たしかにあったお金が、アラ不思議、ありませんね」と言って遊ぶなら、まだ許せる気がする。
 これも、渡したのに足りない、とかのトラブルが多発したためかもしれないが情け無い。
 5年前の6月、アルゼンチンのブエノスアイレスにいた時、タクシーの運転手の見事な手品には感心したものだ。夕方、薄暗くなってからタクシーに乗って勘定をして降りる段になると、例えば5千円のお釣りだとすると、5千円札を渡すふりをして、すばやく掌の中の千円札とすり替える手口だ。こちらは現地通貨に明るくないしどれも同じような色模様だからすぐには判らない。降りて明るいところで良くみれば、あら違う、と判った頃にはすでに赤いテールランプが小さくなっている、という早業だ。
 そのほか、改造タクシーメーターはあり(通常の3倍くらい早く廻る)、メーターは下ろさないで着いてから向こうの希望の?金額を言うのもあり、道順は乗るタクシーによってすべて違うということもあり、今日はいくらで辿り着けるかしら、というのが日々の楽しみのようなものだった。
 日曜日は首都の官庁街はほとんどがお休みだからガランとしている、そこへやって来て、家から持って来たとおぼしいゴミを盛大に捨てていく車がある。それが秋風に(南半球ですからね)吹かれて広場に散乱していくのを見て、財政破綻した日本の未来を見せつけられるようで、なんとも侘びしかった。
 それを防止するべく、正しく明るいお金のやり取り実現のために、私たちはあんぐり口を開けて、「イチマ〜イ、ニマ〜イ、」に慣れてゆかねばならないのだろうか。やだやだ。せめて青山だけではやめて欲しい。こんなことを熱心にやり過ぎると、今にお菊さんの怨念が取りついて、いくら数えても数えても、足りなくなるぞ、ほんとに。
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# by zo-shigaya | 2005-07-27 12:15

遥かなる腰痛

腰痛になった。我が人生2度目のことだ。最初は、たしか○麻君を殿様に出す年の夏、中腰で片づけモノをしていてギクっとなった。這うようにして針治療院に行って治療を受けているとき、そばのラジオが川崎市を舞台にしたルクルートコスモス疑惑の報道をしていたのを覚えている。随分前のことだ。
 今回の腰痛の原因は、2日続けてのゴルフのせいだ。1日目は次の日の予習ということで廻ったのだ。生来虚弱のくせに、へんにモノに凝る癖があるからこんなことになる。常人の3倍くらいの筋肉疲労を起こしているところに、次の日は一日冷房のあたる部屋で仕事をしていた。腰痛を引き起こす2大原因をクリアしていたわけだ。
前日の午後から腰部の重苦しい症状がはじまり、夜中不快な鈍痛が走り、朝、ベッドから起きようと立ち上がったら激痛のため動くもならぬ状態となった。
 慈愛海よりも深い愛恋公女様は、ただちに日頃懇意の鍼灸師に往診を依頼し車で迎えにいってきてくれた。可愛い盲導犬ともども出張してきてくれたKさんは、車に轢かれたヒキガエルのごとく倒れ伏す拙の、背中から腰、足に無数の鍼を突き立て、浅間山のような煙を上げて灸をすえてくれた。実に朝7時半のことでありました。
 瞬間治癒というような劇的展開には至らなかったが、これでなんとかロボット歩行が可能となり、気息蜿々としてその日の業務に出動できた。有り難い。
 スポーツはカラダに悪い、と日頃から吹聴しているわりには、用心の悪いことだ。発症してから今日で5日目になるが、まだ腰部にしこりがある。完全に緩解するまでにはしばらくかかるだろう。普通、整形外科などに行くと、このような筋肉痛は全治3週間、という診断をくだす(ようだ)。炎症が治まりもとの組織に戻るのに一般的にこれくらいかかる、ということだ。筋肉の記憶は3週間か、と面白く思ったが、その伝でゆけば、心の記憶はどれくらいなものか、ある定式があるのだろうな。
 それにしても、愛恋公女の、いつに変わらぬ即断即決、事態解決への迷うことない行動には、ただ敬服の極みである。いつの日か、これに報いるに千金万金を積んで報謝をいたしたいと深く心に刻んで、その記憶がどれくらい持つか、を試してみるものである。
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# by zo-shigaya | 2005-07-22 12:44

初夏の書架

6月12日
 選考試験の事で気が休まらない。人を選考するというのは、選考される人も大変だけど、選考する方もすごいストレスだ。でも仕方がない。こんなつらいことも、いつか過ぎてくれるだろう。
 と、ロー・テンションの中での日曜日、大塚久雄先生の「生活の貧しさと心の貧しさ」(みすず書房)を読む。
 中に森有正との対談がある。
 夏のバカンスでパリが空っぽになる、という現象が起きたのは、20世紀初頭の社会保険制度の整備が行われてからのこと、フランス人は金はそのままにしておくと減っていく、という感覚を持っていてなんとか増やそうと努力している、と森先生が言っている。1970年ごろの対談だ。フランスの庶民の金銭感覚はがっちりしている、という感想を読むと、この生活防衛意識が、高い政治意識を支えているのかしら、という素朴な感慨を抱いてしまう。
 預金しても利子がゼロ、などという政策を十年以上も続けている政権を飽きもせずに支持している国とは発想が違う。ヨーロッパだけじゃなく、どんな共和党びいきのアメリカ人だって10年間金利をゼロにしたら、ブッシュなんかキックオフだろう。退職者年金を運用している投資会社がばたばた破綻してしまうから政治家にとってこんな怖い事はない。
 フランス人の国民性を知るべく書架に赴く。『フランス人』という抱腹絶倒の本をちらっと見るが今日はここまでふざける気持でないから『パリ歴史物語』(原書房)を開く。ミシェル・ダンセルの原書もさることながら、これを翻訳して詳細な訳注をいれた 蔵持不三也さんの仕事も大したものだ。と、つい読みふける。パリの町々に残る地名から大革命からコミューンまでの激動の歴史を一瞥するだけで粛然とする。
 ついで、そばにあったアランの「プロポ1」(みすず書房)を開き、1907年ごろ書かれた文章を見る。滋味深いとか言うものとはまったく違う、切れば血が出る現実との激しい緊張感をたたえたエッセイだ。第一次大戦前のヨーロッパについては桜井哲夫さんの『戦争の世紀』を読んでからまったく知識の深みが違ってきたが、その導きのせいかアランの言うことが一字一句、胸にささる。党派性や時代の勢いに与しない、冷静で知的な大した思索家だ。この人の著作を「幸福論」とか「教育論」とかいった書名で出すのは間違いだと思う。
 ここで止まれば静かな日曜日だが、新潟市の市民ボランテアの活動記録『この手は命づな』(太郎次郎社)に移って、あれこれと老人介護の事に思いをめぐらしているうち、小澤勲先生が『認知症とは』(岩波新書)の中で、高齢者は「虚構の世界」に生きている、わからないようでわかるのだ、判り方が違うのだ、といっていたことを、それは例えば、宮沢賢治の『クラムボン』のようであったり、あるいは水の底にいる鮒が明るい水面からゆらゆら落ちてくる物を次第に認識するような状態かな、と思ううちに、そういえば、あの中島敦の『山月記』というのは認知症の状態を表しているとも言える、と思い至る。
 虎になった人間は、一日のうちある時間は人間に帰る、という。しかしそれが次第次第に短くなっていく、と言って虎は泣く。
 虎になったいわれも、読んでみれば認知症になっての問題行動に符丁を合わせるものだ。
 暮れなじむ初夏の宵に『山月記』を朗読するに至って、この名文に酔ったのか、はたまた白ワインのせいか、最早、常態にはあらざる私である。
 かかる説話はわが朝(チョウ)にも多くある、と書庫にとって返して『宇治拾遺集』(岩波新古典大系)を引っ張りだして読む。と、なんでまた、日本の古典はこのようにシモネタのオンパレードであろうか、と爆笑、憫笑しているうちに、最早爆睡の時間であった。
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# by zo-shigaya | 2005-06-13 18:01
 黄表紙のことになると止まらない。
 現在刊行されている黄表紙や江戸の書籍の復刻は、たとえば岩波の大系本でさえ、あんなに重くて大きいのに、載っている黄表紙の絵はマッチ箱大のサイズだ。嘘だと思ったらマッチ箱を持って当ててみればよい。添え物のように載せている。そして、絵の中に書き込まれた文章を活字にして、ズラズラと並べて、それに詳細な頭注を付けている。
 ゲンノショウコ(これは煎じ薬)現の証拠に、お店仕舞う。違う、お見せしましょう。
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と、上が岩波古典文学大系本版「金々先生栄華夢(きんきんせんせいえいがのゆめ」冒頭見開き。これは字を読むためのレイアウトだ。
 注釈を付ける事は、学者の大事な仕事であるが、その折角の成果をなぜ絵と共に楽しめるようにレイアウトできないのだろうか、というのが、私の不満である。絵と字を別々にしてしまっては黄表紙という文学スタイルは理解できない。言えばテレビの映像と、音を別々に流しているようなもので、そもそもメデアとしての生命を奪ってしまうことなのだ。
 黄表紙はもともと、現在の新書サイズより少し横幅のある大きさ、NHKブックスか、筑摩プリマーブックスのサイズだ。縦五寸五分、横四寸二分が標準。その大きさで絵と文字を一緒に眺めるところに黄表紙の醍醐味がある。絵は天眼鏡で見て、字は活字を眺めてなにが面白いものか。
 今まで黄表紙の「メデアとしての生命」を理解して刊行された復刻活字本は大正十五年十月刊行の日本名著全集江戸文芸之部第十一巻「黄表紙二十五種」(山口剛解説校訂)だけだと思う。この本の大きさが、まさに黄表紙原寸に近い判型であり、黄表紙の画面を、本の見開き一杯にして再現している。こうすれば絵が良く判るでしょ。

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しかし、これだけではいけない、というのは、ワシのような無学者には絵の中の字が読めない・・トホホ。
 このハードルを突破したのが実はワシの快挙なのだ。以下に同じ部分の「一読三嘆本(わかる、よめる、おもしろい)」をお見せしよう。
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 いかがですかな。ここまでくれば、ワシの言う「快挙」の意味がお判りでしょう。
そして、アップするために解像度を下げているけれど、絵が格段に綺麗になっていることにも気がつくでしょ。これは、一つには一枚一枚、クリーニングを掛けているのと、現在の刊行本のなかで最も絵の綺麗なのを選んでいるためなの。
 同じ話を復刻した活字本でも、岩波や小学館、新潮社、ぺりかん社などで綺麗さ鮮明さが違う。各社ともその時点での最良の状態の本を底本にしているだろうが、製版の時にどれだけ汚れを落す手間を掛けたか、で、状態が異るのである。その点では、印刷技術の格段に進歩した戦後のものが綺麗で戦前の本が悪いということは言えない。
 だから、拙者が私家版を作るときには、各社の刊行本の比較から行なって底本を選定したのである。
 なんだか、とても偉い学者の仕事のように聞こえるでしょ。比叡山収蔵本と、天理大学図書館の蔵本と宮内庁書陵部本とを比較校訂したような、ね。でも、本当なのだよ。それだけ違うんだから。 
 黄表紙は、言うならば子供向けの人気漫画本みたいなもので、愛読され読み廻され、折れや手垢で汚れてぼろぼろ、べたべた、になった本がほとんど、多くは読み捨てされている。美本を探すことが極めて難しいジャンルで松浦候の蔵書が世に出たとき、江戸文学研究者は、ほんとに随喜の涙を流した、という位のものだ。
 それは、本に限った話じゃなく、庶民の愛したものすべてに言えることで、愛された物ほど復元は難しいのだ。愛恋公女が蒐集しておられる土人形、郷土人形、さてはお雛様も同じなのだ。楽しいもの、愛らしいもの、ほど、失われ消えやすいのだ。あたかも庶民の優しさや善良さ、「気質」のようなものだ。宮本常一さんが『庶民の発見』という本で、日常の生活の中で発揮されている精神の働き、過ぎればほとんど跡に残らない、形にとどめがたい、真善美への注目とそれへの想像力の大事さ、を語っているけれど、ワンダもその事を、ワンワン吠えて訴えるのだ。黄表紙には、江戸人の大事な精神の働きがうかがえる、という事を。偉いか、偉くないかは判らないが、ともかく、エスプリの花が、かくも見事に咲いていたのだ、という証拠にはなるだろう。
 フー、書いてやったぞ、積年の胸の思いを、まだ書くぞ、覚悟して待たれよね、諸君。
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# by zo-shigaya | 2005-04-09 14:25

その黄表紙とは

どんなふうに面白いのか、というのは画像を載せれば一目瞭然なんだね。そこで実物をお見せしましょう。
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これは「親敵打腹鼓(おやのかたきうてやはらつづみ)」喜三二作・春町画安永六年の作の第一図。かちかち山の後日譚という趣向で子狸が猟師に頼んで親の仇を討とうとしている。その企みを、ウサギが窓から聞いてこりゃ大変だ、という構図。絵の中に書き込まれた字が、読めますか。読める人には余計なお世話だけれど、悲しいことに私には三分の一くらいしか判らない。そこで校訂本の訳を参考にして以下のように字を入れ直したのである。
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こうすれば、一読にして楽しめるでしょ。原文だけでなく、さらにワシの地口やしゃれも入れこんであるのはご愛嬌。
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# by zo-shigaya | 2005-04-08 15:02
 古本屋の丁稚の修業をしながら、資本主義について考えた。
 熟練ということについて見れば、糊を付ける、封をする、ラベルを貼る、などの作業は格段に早く、綺麗になった。熟練度が上がったわけだ。しからば、その練度を益々高めてゆけば、商業的な成果がぐんぐん増えてくるであろうか。五分が三分になり、さらに一分になり、生産性が上がってゆけば、収益性も2倍、3倍、5倍となるか?
 ここに近代と現代を分ける大きな問題がある。このような手業(てわざ)を、極限まで効率化して、生産性を向上させていっても、収益性は比例しては上がらない。最大収益への限りなき接近にはつながらない(だろう)。
 熟練度に依存した作業は生産性の向上には資するけれども、収益性の限界接近には、なんら資するものではない。熟練度に依存しているかぎり、近代から現代へ、マニュファクチャーから産業資本主義への転換は、絶対に出来ないのである。フフ、資本主義の奥義に触れたかな。
 収益性という指標を実現するには、システムを変換しなければならない。注文を受けて、梱包をする、ということを、完全に人手無しで行なうシステムを開発することが最も大事な(資本主義的に、という意味だ)発想であり、思考なのだ。
 メールで受注したら、自動返信メールが打たれ、同時に宛名ラベルと納品書が印字され、ピッキングされた書籍が自動的に梱包されて運送会社の集配の時間に合わせて所定の場所に集荷される。そのためにピッキングゲージの建設、自動梱包のための機械の開発、梱包材料の革新などが進められる。設備投資が要請される。
 そのシステムは書籍だけに限らず全物品の出荷にも使えるように汎用化されるだろう。
 書籍などの多品種少量の商品はピッキングのコストの極限までの縮小が難しいから他の商品よりもコスト高になる。しかし、それはかえって競争において、設備の償却において先んずれば、後発企業に比して利益率の高止まりを生むから、注文数が一定の量を確保し続ければ、企業収益としては悪くない。
  こんな事かな。どうも商売のセンスが無いから抜けているところが多いような気がする。愛恋の叱正を待つ、か。
 ところで、アマゾンは日々、梱包材に改良を加え、見た目は普通のボール紙だが裏側が波トタンみたいになっていて(なんという比喩だ)ギュッと押し付けるとぴったりくっつく紙を使っている。くどく言えば、本を二枚のこの紙で挟んで本の大きさに合わせてハサミでじょきじょき切れば、切り目がくっついてたちどころにフリーサイズのパッケージになる。(わあ、説明がヘタだなあ)なにはともあれ、便利なものだ。
 で、システムだ、システムだ、と言うついでに、極端な事をいえば、書物は完全に活字媒体から電子媒体(コンテンツ)に変わっていくに違いない。このことは、本の体裁の自由なチョイスを可能にするのではないだろうか。
 今はなんでも文庫本だが、例えば岩波文庫の「近松」を昔の和綴じ本にして読みたい、という人には、和紙や綴紐、糊などの材料一式を電子文(コンテンツ)と一緒に売る。
 自分だけの大事な一冊を、思う様に作るための材料を売ることが本屋の仕事になったりして。
 有名な「ギーズ侯の豪華な時祷書」のような豪華本は、プリンターの精度から、かつ革やら紙やらの材料の制約で、自宅では出来ないとしても、和紙と紐と糸だけで出来る江戸の黄表紙は簡単に制作できる。
  現に不肖私は(ここで反り身になる)、4年前、長い冬の手すさびに、スキャナーとフォトショップで『金々先生栄華夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)』などなどの黄表紙を自作した。スキャナーで呼び込んでから原画の汚れをクリーニングして、己れの無学の故に、そのままでは読めない行書体の文字を、楷書にかえて同じ場所に嵌め込んで、和紙にプリントして糸で綴じて、誰が見ても楽しめる「一読三嘆の黄表紙」を作成したものである。これは実は、はたで見ているよりも画期的なことなのである。そのわけは・・・
 あまり長くなるから、このへんで一息。
 

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# by zo-shigaya | 2005-04-08 14:15

ワンダの丁稚奉公

 学生時代、古本屋通いが趣味で岩波文庫の絶版本などを掘りだしては悦に入っていたものだ。その後、古久根達郎さんという、古本屋さんから作家になった人の日常を撮ったテレビ番組で、執筆の参考文献に使った本を自分の店の本棚に入れて商品にしているシーンがあった。情報のリユースとして有益であると共に、精神衛生上もすっきりとしてムダが無い、いい感じだった。
 歳月はめぐってワンダの身の周りには累々たる書籍がはびこっており、本人は否定しても、死蔵という状況下にあるやに見える。確かに、自分でも鬱陶しい。これまで2,3度ブックオフに持ち込んでみたが、痩せても枯れても拙者の知的集積が、十円百円という値段はさてき、知る人もなき無人の荒野に放擲されたような感じでどうも寝覚めが良くなかった。
 そこへ、さる人のメルマガでアマゾンマーケットプレイスへの出品という記事が出ていた。ほっほー、これはよい、人もするなる古本屋稼業を我もするなり、と3月1日より始めた。
 これが、なんと、面白い。古物商の鑑札も不要で、第一、当該の本に関心を持つ人のところに引き取ってもらう、というが嬉しい。
 書評や広告を見て通販で買った本は、読んでいくうちに、なんだこりゃ、という感触を持つことが結構ある。でも、買ってしまったものだからそのまま放擲するわけにもいかず、通読する気力も続かない、そのうち、そのうち、という読むでもない読まぬでもないニコゴリ状態にある本たち、この本たちに新しい空間に羽ばたく可能性を与えることが出来る。
 さらに、笑うだろうが、荷造り作業を行なうことによって手先のリハビリが出来る。
大きさの違う書籍を、適当なサイズの封筒にいれて、きれいに梱包し宛先シールを貼り、ヤマトのメール便で出す、というのは、今までの座り仕事と違う労働で、習熟するのにある過程(パッセージ)が必要である。最初は、ア、糊、ア、ハサミ、封筒、セロテープ、ワッ、くっついた、破れた、なんてことだったが、今では流れるごとくに作業を進められるようになった。大体一冊7分で梱包完成させるまでに生産性が高まった。
 それに加えて、アマゾンに出品することで、「時間制限付き恐怖の待ったなし読書」遊びができる。アマゾンでは「メールを受け取ってから24時間以内、2営業日以内に発送する」というお約束がある。そこで、この頃評判の小説本で、積ん読していたのを出品する。大体買い手が付く。「売れました、すぐ発送してください」というメールが来る。それを受け取ってから読み上げるのである。単行本で日本人の書いた小説ならば、2〜3時間あれば通読できることが判った。
 なるたけ折り目をつけないように丁寧に扱いながらヒューと読み上げて発送するというのは、快感である。集中力が高まる。通読の習慣が付く。これは釣った魚に餌はやりたくないが売れる魚は食ってしまう、という心理かね。
 ちなみに、アマゾンは出品料は無いが売れると手数料として一冊100円、さらに販売価格の15%が徴収される。販売料金の受け渡しは事前に登録してある銀行口座から自動引き落とし、自動振込。出品のときには、手許にある本の書名をアマゾンで検索すれば、現在流通している本であればすぐ出てくる。その価格の下にアマゾンマーケットプレイスでのユーズド価格というのが出ているから、そこから簡単に出品できる。
 最初は(恐らく)新刊書籍販売リストだけだったものを、このようにすぐユーズド市場に転化させて、かつ自動処理システムに仕立て上げたというのは、大したものだ。
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# by zo-shigaya | 2005-03-25 17:38

僕の夢

「だべろぐ」で『月がとっても青いから』が出ているのを見て、僕の場合はなんだろう、と考えたら、『あん時ヤ土砂降り』が忽然として記憶の中に浮上してきた。不思議なものだ。電子ブックで歌詞を見てみた。

「あン時ゃどしゃ降り」
歌:春日八郎
作詞:矢野亮
作曲:佐伯俊お
あん時きゃ土砂降り雨ん中 胸をはずませ 濡れて待ってた街の角
アア初恋って言う奴ア 素晴らしいもんさ 
遠い日のこと みんな夢 ひとりしみじみ 思い出してる雨ン中

あん時や土砂降り 雨ン中 離れられずに 濡れて歩いた何処までも
アア別れるって言う奴ア たまんないもんさ
辛い運命を うらんだよ
ひとりしみじみ 思い出してる 雨ン中

あん時や土砂降り 雨ん中 やけのやんぱち
濡れて泣いたぜ 思い切り
アア思い出って言う奴あ ほろ苦いもんさ
今じゃあのこも どうしてか ひとりしみじみ 思い出してる雨ン中

 こうして3番まで歌詞を眺めるのは初めてだ。これがラジオから流れて来た時、僕は喘息で寝床でゼーゼーひーひーいっていた。小学4年生くらいかな。
 この歌を聞いて、我が身の置かれた現状とのあまりに大きな違いに、おそらく厭世的な気分になったと思うでしょ。ところがさにあらず、逆に、初恋をするころには丈夫になるんだろうな、いや初恋をするようになればずぶ濡れになっても平気なくらい丈夫になれるんだ、という自分の将来の健康への安心感を感じたものだ。なんという楽観主義、楽天主義!
 だいたい演歌にかぎらず流行歌は、一番から三番まで通読していちいち歌詞の内容に納得して愛唱するものではない。この歌もラジオで聞いただけだから「あん時きゃ土砂降り雨ん中 胸をはずませ 濡れて待ってた街の角 アア初恋って言う奴ア 素晴らしいもんさ」と、ここだけが耳に残っている。その後の「遠い日のこと みんな夢 ひとりしみじみ 思い出してる雨ン中」という歌詞は覚えていない。ただ歌の印象は、出会い、別れとあるけれど最後は自足円満な境地で振り返る、という感じだった。通して読めばまったくその通りで、いろいろあったけど、今はこうして幸せだあ、という安全地帯へ逢着した歌だから、まあ、子供の感受性は正しい。
 菅原都々子の『月がとっても青いから』も同じ時期の歌じゃないかな。それも覚えているけれど子供にとっては世界が違う大人の歌だった。下心ありあり、という風に感じた。
 春日八郎の声がさっぱりした高音であったせいもあるのだろう。
 ずぶ濡れの初恋には縁が無かったけれど、一般的に若い男女の激しい雨の中での出会いと別れというイメージは悪くない。「だべろぐ」さん、こんな映画撮ってください。
 豪雪の中の初恋というのもいいかも知れないが、鼻水やしもやけが付き物だからあまりお奨めではありませんな。
 思えばたしか和田アキ子に「土砂ぶりの雨の中で・・・」という歌詞の歌があったね。あれは現在進行形で淵から上がってこれないような印象だった。濡れッぱなしじゃ風邪引くよ。・・余計なお世話だね。もう寝ます。
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# by zo-shigaya | 2005-03-16 21:01