ん、誰か呼んだ?


by zo-shigaya

高いのか安いのか

07年7月5日(木)曇り、小雨。
 愛恋は8時前に家を出る。
 ウインブルドン・テニスを録画して見ている。昨年優勝のフランスのモレスモとチェッコの「ソバデダス」(違っているがそんな名前だ)との試合。モレスモ、3セットで敗れる。追い詰められて二度、三度、獣のように咆哮する。ソヴァージュな選手だ。方やソバさんは18歳のブロンド娘、とはいえ180センチを超える大女。顔はシャラポアみたいに可愛いけれど。

 午前、運営会議。少し声が出るようになる。
 午後、営業会議。久しぶりに怒鳴りまくる。反省。
 ブックオフでばななさんの本を買う。文庫本が105円コーナーにあるのは分かるが、単行本も同様に105円、というのには買うほうは、有り難いがなんとなく、釈然としない。本に対しての「物神崇拝」があるからなのか。

 こういう商売は、あんまり長続きしないのではないか、という気がする。現に10月にはツタヤに身売りするという。

 ついでに養老本を3冊、長田弘を一冊、いずれも単行本105円。
合計で2,130円ほどで両手にずっしり。半端が出るのはサービス券とポイントを使ったから。嬉しくないか、といえば、嬉しいのだけれど、有り難みが薄れるような。でも、知識は物ではない、という観点からすればこれで良いのか。

 この他に、犬のエサ、缶詰、ホーマックで安売り中ということで、ぺデイグリー缶詰1個128円。8kgのエサ@1,260円。合計して1万3千円ほど買う。

 途中のお店で、胡麻の安平(くじら餅)を買って食べる。三切れで180円、これは高いなあ。まるまる一本の値段だ。

  金銭感覚がバラバラ、グズグズになっている。


 買い物に行く気になる、ということは、健康状態が少し回復した、ということか。

 夜、WBテニス。「シャラポア vs ビーナス・ウイリアムス」ビーナスの勝ち。
         「エナン(ベルギー)vs セリーナ・ウイリアムス」
          エナンの上手さ勝ち。柔軟でいてバネのある選手だ。
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# by zo-shigaya | 2007-07-05 13:38 | 近時片々

石原違い

 4月8日は東京都の都知事選投票日だ。石原というのが出ている。それが勝ちそうだという。もう8年間もやっているという。今度勝てば12年だそうだ。全国のロートルの知事からすればそう長いものではないという。
 同じ石原でも石原信雄だったら20年やってもよかったのではないか、と思う。
 石原信雄は内閣官房副長官を随分長く努めて、4代か5代、自民党の独裁政権からごちゃごちゃの細川、村山眉毛、などを経て、正しく惑うことなくその職を全うした人だ。
 それが都知事選挙の候補者に担ぎ上げられて、確か青島幸男とぶつけられた人だ。あのタレントのシー調の代表選手とだ。
 青島は「都市博反対」だけのスローガンで当選して、権力者になったら新宿のホームレスの段ボールハウス撤去を指揮した人だ。選挙運動はしないで、期間中は優雅に海外で過ごすのが公明選挙だ、という考えの人でそれで当選したのだから、誰もこの男に文句を言う筋ではないだろう。しかし、4年一期でやめて、次の選挙では行方をくらまして、現在の石原シンタロウをおびき出した張本人だ。
 一期で知事を辞めた本人はその後、何を考えたか参議院などにも出ているが、ブチ落ちているのだから、政治的な理念も信念も無かった男のようだ。
 「シャボン玉ホリデー」というコメデイ番組で「アオシマダア」というギャグで、これがギャグであることについては今となっては同調する人は少ないだろうなあ、で人気を取っただけの男である。
 この人がただのタレントで全うしてくれれば、植木等と同様、懐かしの芸人になるのだが、この青島が「石原」という凶悪な男を蘇らせたのである。
 石原慎太郎は、かって美濃部亮吉と闘ってぶち負けている。今から40年も前だ。無様な負けようだった。
 その前には、参議院の全国区で当選して『青嵐会』という若気の至りのような会を作って、浜田幸一(ハマコーだね)コンケイ、中尾栄一などと血判を押し合った仲だ。

 石原慎太郎は恥の多い人だ。それに比して石原信雄はごく普通の常識人だった。手堅い事務屋であるかもしれない。しかし、日本の国益にとって、どっちがプラスだったか、を考えると地味で風采の上がらない(済みません)信雄さんの方が圧倒的に良かったのだ。あんな一高東大も知らないバカな油壺に東京が任せられたのか。
 今だから言える。青島も死んだ。植木等も死んだ。でも死んだ人を同じにしないでね。青島は今の石原慎太郎を、ゾンビのように、蘇らせた張本人なのだ。
 美濃部の時に、葬りさったと思ったゾンビが・・・。
 あの時、青島でなく、石原信雄さんが都知事になっておれば、馬鹿げた超高層ビルによって生活の全てが押しつぶされてるような東京にならない可能性があったのではなかろうか。ないかもしれない、でも、今の首大東京みたいな大学になることも防げたのではないだろうか。
 
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# by zo-shigaya | 2007-04-07 23:14

捨てるべきか否か

 もう先月の事になるが、愛恋が、連日のせわしない活動で疲れ果てて、少し気分変えようという事でブーブ・クリコを買ってきた。元気良く立ち登る黄金色の泡を眺めていたら、少し前に読んだ本で「クリコで乾杯!」という場面があったなあ、と思い出す。政治学者で労働党の活動家であったハロルド・ラスキとアメリカのオリバー・ウエンデル・ホームズ判事との『ホームズーラスキ往復書簡集』の中であった。1930年、ラスキがロンドンからの手紙の中で、「(ホームズ判事の)89歳の誕生日を祝って夫婦で1911年のビンテージ物のクリコを開けてお祝いをしました」とある。ラスキは30代半ばである。ラスキはシャンペンが好きだし、それに書籍の収集家である。毎回の手紙には古書店で釣り上げた成果が必ず書かれている。
 そして何よりも驚くのは、ホームズ判事はこの年齢で現役の裁判官であることだ。
ホームズの下す判決はアメリカの良識として国民的な尊敬を克ちえていた。老害どころではない。終生、そして93歳で亡くなった後も、彼はアメリカ司法のお手本であった。

 ところで、なんでホームズ判事に興味が行ったのかと言えば、VTRの整理をしていて『ニュールンベルグ裁判 第一部』を見たからである。あの映画の冒頭でドイツ側の弁護士が法の適用に当たって、ホームズの言葉を引用したシーンを見て、である。(映画では弁護士にマクシミリアン・シェルが扮している)
 スペンサー・トレーシー扮するアメリカ人裁判官に対して自分の弁護の基本的な立場を極めて適切巧妙に宣言して見せた訳だ。
 それとは別に、この『ニュールンベルグ裁判』はスペンサー・トレーシーとマレーネ・デイートリッヒとの淡い逢瀬なども盛り込んでいる。面白い映画だ。続けて『二部』も見ようとしたら、私のVTRにはなんにも写っていなかった。録画のミスである。いつか見ようと思ってチェックもせずに、ただ録画しっぱなしのものが結構あるのである。
 レンタルであるだろう、と思ったらネットのレンタル屋でもDVDにはなっていないようだ。セルだとビデオテープで1万円近い値段だ。映画として面白いのだから出せばよいのに。題材が固いものだと、こんな具合だ。

 山のようになったエアチェックのVTRも、そうおいそれとは捨てられないのかなあ。
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# by zo-shigaya | 2007-04-07 18:56 | 近時片々

本の重さ

 日本の全集本というのはなぜこんなに重いのだろう。重さがその内容の重要度を示しているとでも言うように、べらぼうに重い。近辺の本の重さ比べをしてみると、なかでも岩波の「新古典文学大系」が重い。少し高いところにあるのを取ると取り落としそうになる。こんなのを手に持って読書するわけにいかない。余程手の丈夫な人でないと怪我をする。
 古今亭志ん生の「道具屋」で、客がそこにある箪笥の引き出しを開けてみせろ、というと、これはなかなか開かないんです、この間も無理に開けようとした人が手をくじいちゃった、この箪笥は手の丈夫な人に買ってもらいたいです、と道具屋が言う。
 この伝で言えば、岩波書店の全集本は手の丈夫な人が読む、ということになるか。

 恩師故・小松茂夫先生は、身の丈180cmを越える偉丈夫であられたが、先生の思い出話に、戦後の食料事情の良くない時期にヒュームの翻訳をしていて、OEDを本棚から持ち下ろすのが一苦労だった、とおっしゃっていた。
 現在の拙は、栄養状態において欠けるところは無いが、生来の虚弱ではあるし、金と力も無い。さればといって昔から言われるような○○でもない、まあ普通の人だろう。それがかほどにブツブツと本の重さをこぼすというのは、同じ全集でも、そうでも無いものもあるからである。

 例えば戦前の最初の芥川竜之介全集も、厚さはかなりのものだったが、本文に和紙を使っているためか、ふわっとした感触である。大学一年生の夏休みに、蚊帳の中に持ち込んで読み耽った思い出がある。表紙の装幀が蚊帳と同じような織物の生地で夏向きだった。
 昔の本で『伊藤博文伝』などは背の厚さが10cm以上あるし重量も相当あるが、重い、という感触が無い。明治時代の刊行の「日露戦争記念記録」などという本も背のつかみは掌一杯になるが、手首にぎくりと来るような重さは無い。

 近時の岩波の全集本は、厚さに比して重い、「硬い重さ」を感じる。
 貴重な「近松全集」も岩波本だ。日本文化の国宝のような全集で、有り難いけれど、これまた重い。終日同じ机に座って読書する環境に無い者には、これをカバンに入れて歩くわけにも行かない。意を決してカッターナイフで作品ごとに切り分けた。哀れ、古本としての売却価値はゼロになってしまったわけだ。
 こちらの読書に懸ける不退転の決意を示すことにもなるけれども、なんとなくいたわしい心地がしないでもない。

 紙の質の良いものを使い、細かい注釈や頭注を鮮明に印刷して、かつ、裏写りのしない密度の高い紙を使うためにどうしてもこの重さになるのかもしれない。作る方にはやむをえない事情があるのだろうが、読書をするものには、やはり本は抱いたり撫でたり、掌中において玩弄する楽しみも味わいたい、という気持がある。軽くて扱いやすいからといって、いつも文庫本ばかりではつまらない。
 そういえば、昔、袖珍本というのがあり、私の手許にも「幸田露伴集」上下がありとても美しい小型本で、掌の楽しみは味わえるが、字が細かすぎて、現今の拙の読書には不向きとなった、無念。
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# by zo-shigaya | 2007-03-28 12:43 | 読書メモ

松柏砕かれて

 隣のパチンコ屋が廃業して、解体屋さんが更地にしている。砕かれたコンクリ片や鉄骨がそこここに積みあげられている。すっかり視界が開けて別の世界が開けたようだ。
 もともとこの土地は私の親の所有地で、製材所の材木置き場に貸していた土地だ。その端に国道が通ることになって補償や代替地などのことで、店子の製材所がごたごた言うものだから、短気な母親が貸している地所を半分、600坪をただで呉れてやって殘りを明け渡させたものだ。ただで貰った人は、今から20年前にその土地をパチンコ屋に売却して廃業し、行き方が知れない。
 そして一時全盛を誇ったパチンコ屋さんも、本業の砂利生コンの販売が不振で廃業となったというわけだ。その跡地は他所の不動産屋が買ってチェーン・ストアがテナントに入るという。
 春霞が薄くたなびく夕暮れなどに、空っぽになった空間から、子供の時から見慣れた東側の里山が静かに見えるのを、思わず眺めてしまう。

 その時、口をついて出るのは芭蕉の句、

  草の戸も 住み替わる代ぞ ひなの家

 いよいよ奥の細道の旅に出るために人に譲った芭蕉の草庵は、移り住んだ家族が雛人形などを飾って、すっかり趣きを異にして「人生流転の実相を感得した句」と通常は解釈されている。
 それはそれでよいのだろうが、「奥細道菅菰抄」という安永七年(1778)に書かれた注釈書によれば、借りた人は雛を商う人で芭蕉の庵を借りて売り物の雛を入れ置く場所に使っていたのでこの句がある、と解説している。
 実際の雛人形が飾られていたわけではなく、雛を入れた大小の箱が所狭しと積み上げられているという光景らしい。

 なるほど。愛恋女史も有数の雛人形の蒐集家であるが、長年の収集品が溜まって十畳ほどの部屋がまるまる雛箱によって埋まっている。本当に場所を取る。まして雛商人であれば、手近な倉庫が商売の必需であるわけだ。
 時節も旧暦の二月末、雛の節句に近い。元禄の芭蕉の頃(1680年代)、すでに雛飾りの風習は江戸において隆盛となっていたわけだ。雛の歴史は時代によってさまざまに進化変転している。この頃の雛の特色については、一度、愛恋女史から教えを受けねばならない。

 過日(三月初め)、縁あって、岩手県稗貫郡大迫町(現在は花巻市に合併)で開催される「宿場の雛祭」を拝見した。ここは明治期から宿場として大変栄えた町ということで、各家々にそれぞれ素晴らしい雛人形が所蔵されていた。現在の町の有りようと比して、それこそ全盛の時の賑わいが偲ばれて、まさに人生流転の実相を感得させられたものだ。
 今年は旧暦が遅くて、今日で二月九日である。暖冬であることも幸いして、風景の変容がひとしお芭蕉の句を身近に感じさせてくれる。
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# by zo-shigaya | 2007-03-27 11:49

メデアの暗さ

村上ファンドの社長(?というのかな)が逮捕された。また一月のホリエモン騒動の二番煎じが行われている。どこでか、というと、マスメデアの媒体の上で。ほとんどの論調を見れば、いわゆる「イエス、バット」である。海外で揶揄される日本人の議論のスタイルだ。「たしかにインサイダーだろうが、しかし株主発言の意義を・・・」「法には触れるかもしれんが、改革の実を上げたのでは・・・」。
 これまでの一連の株価釣り上げ騒動で「株式取引の法のはざまを狙った行為は、罪刑法定主義を取る我が国では馴染まない。明確な法規適用の解釈を変更した上でなければ、かかる行為は、我々は容認できない」ということを公言して批判した報道機関は無かったから、このような「イエス、バット」に逃げ込むことになるのだろう。
 以前から、仕手株、政治株は、株相場の常態であった。兜町の相場師とか、北浜の錬金術師と称された人々は数限りなくいた。表に出せないお金は昔からあったのだ。それは素人衆とは違う世界の出来事だった。それに手を出して火傷をしても、それこそ自己責任であった。
 いつからそれが規制緩和や構造改革の旗手になったのだろうか。今年1月に破綻した一連の出来事を見るたびに、ここまで持ち上げたメデアの不徳を感じる。昔であれば、特殊な場所で売られていた投資関係の小新聞やリーフレットに出るような事を「日経新聞」や「朝日新聞」が書き立ててきたことの異常さ。現在、ライブドアに対する損害賠償の集団訴訟に参加している人々の多くは、業界紙や怪しげなミニコミ情報で株式相場に参入した人達ではなかろう。天下の大新聞が連日書き立てる記事を、真摯に丁寧に読み込んでお金を出した人が多かろう。損害額は数千億円と言われる。いくらぐらいが賠償されるものだろうか。雀の涙くらいならまだ良いほうだろう。
預金している銀行からは本来貰うべきはずの利息を収奪され、自国のクォリテイペーパーには購読料を払った挙げ句にガセネタを掴まされる。踏んだり蹴ったりとはこのことだ。
 マスメデアの不徳はいつでも不問にされているが、これで社会の木鐸とか公器とかいえた義理だろうか。
 私が1月のブログ(1月20日「三人吉三」)で紹介した雑誌『世界』のコラム子の言うとおりの展開になっている状態を見るにつけ、つくづく、日本のマスメデアの、目先の見えない「暗さ」にウンザリする。もう少し、毎月購読料を払ってくれる読者への愛情を感じることはできないのだろうか。
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# by zo-shigaya | 2006-06-07 12:26

 年初来、昔の知識の棚卸しをしている。ふと、デイルタイを読み返そうと書庫から岩波文庫『世界観の研究』山本英一訳を持ってきた。「昭和42年10月9日」と購入の日時が書いてある。一読して、あまりにひどい訳文にクラクラし気持が悪くなった。日本語で書いてある文章を母国語としてきた普通の日本人が読んで、意味が判らない。デイルタイの議論が、必ずしも判然としたものでないことからくる難解さ、でなく、そもそも日本語の文章として意味が通らない。
 奥付を見れば第一刷が昭和10年9月、私が購入したのが昭和40年12月第21刷の本だ。買った昭和42年にどこまで読んだかは忘れたが、おおかた呆れてそのまま放置したのだろうが、哲学の本は難解と決まったものだ、と言う「知的保護貿易主義」が生んだ弊害の見本みたいな翻訳である。意味が取れないのは翻訳がおかしいからだ。
 どこがどのようにヒドいか、ここで述べる気にもならないが、この「気持ちの悪さ」をそのまま放置しておくのは、デイルタイさんにも悪いだろう、と、誰に頼まれたわけでも無いのに、割木屋のおっさんの悪い癖がでて、棚卸し中に、また余計な脇道に入ることになる。
 もちっとましな訳文があるのじゃねえか、と古本屋サーチエンジンで探すと、現在なんの事情か知らないが、刊行途中で長休みをしている法政大学出版局の「デイルタイ全集」はあるが、野次馬が買うには高すぎる。
 格安で、船山信一訳『世界観学』(叢文閣出版1935年)があった。それにしても、この題名では古本屋の棚で出会っても手を出す人はいないだろう。人相手相の本だと思う。
 この訳文でも、これはなんのことかいな、という部分はあるが、日本語として平仄が合っているから、読んでいて気持ちの悪くなることは少ない。ささいな事、と普通は言うかもしれないが、生理的な拒絶感覚というものが文章にもある。そして、まさにデイルタイはそのささいな生理的感覚が知識の体系化において無視されることに、真っ黒くなって異議を唱えたのだから、岩波文庫訳の山本さんという人は全然判っていない。
 船山さんはマルクス主義哲学者として全うされた方でこの翻訳をした頃はデイルタイの「生の哲学」なるものに批判的立場を取っておられた。だからあえて戦後も復刊せずにいたのだろう。訳者はしがきを見ると「最初は別の出版社からだすことになっていて、それについては熊澤複六氏、久野修(収)氏にお世話になった」とあるから、ひょっとしたら岩波文庫訳はこの人の予定だったかも知れない。
 余計なお世話だが、岩波文庫には時々、リクエスト復刊というのがあるが、間違えても山本英一訳の「世界観の研究」を復刊することは止めたほうが良い。
 そもそもこの小論文はデイルタイ理解になにほどの足しになるものだろうか。歴史叙述の客観性論争という、20世紀初頭の西欧思潮の流れを知る参考文献として適当かどうか、どうせ読むならもっとぐだぐだと書いた長い論文のほうが良い。
 それにしても戦前の古書が、居ながらにしてわずか700円で手に入るとは。稀書・珍書が買い手を求めて空しく古書店の書架に夕日を浴びて曝されているのが昔日の姿であったのに、有り難い御時世だ。。

 デイルタイを含め、歴史叙述の客観性の問題について19世紀末から20世紀にかけてさかんな論争が行われた。その先駆者としてヴィンデルバントがいる。私たちの学生時代、簡略な哲学史は岩波文庫にシュヴェーグラーの『西洋哲学史』上・下があって、ヴィンデルバントは『哲学概論』だけしか刊行されていなかった。哲学の授業に行くと、ヴィンデルバンドの『哲学史』を進める教授が多かったが、品切れ重版予定無し、だった。ことのついでにヴィンデルバントを探してみると、ありましたね。その『哲学史』もあるけれど、なんと、シュトラースブルグ大学総長就任講演を収録した岩波文庫『歴史と自然科学 他』篠田英雄訳が400円くらいで売っている。昔、神田神保町の古書店を尋ね廻った苦労からすれば、まるで嘘のような気持だ。
 それにしても古書店ネットで、さまざまな全集の値段を見ると、その値下がりに驚く。そもそも4,5年前、神田の田村書店で『定本柳田国男全集』筑摩書房全23巻(24巻欠)を7千円ぐらいで買ったときには、浦島太郎のような気持がした。大学生の夏休みに実家の市立図書館で柳田さんの全集を読もうとして帰ってきたら、蔵書していなかったものだ。ネットでは、背皮装の『福沢全集』揃い美本が2万6千円、『安岡章太郎集』全10巻1万円、とか最早投げ売り状態である。各社の世界文学全集、日本文学全集なども、あっと思うような値段である。
 田舎に住んで本棚空間が持てる人は理想のプライベート図書館を、家計にそんなに負担をかけることなく開設できる時代が来た。本に執着を持つ団塊の世代の人々は、これから年金+小金稼ぎの範囲内で、やろうと思えばあまり苦労もなく、学生時代の夢を実現できるわけだ。
 少し悲しいのは、本を読む肉体的条件は昔のままではないことだが、眼鏡や照明器具、そして机や椅子を整備すれば十分に補える。
 そして、自分のことを基準にして言わせてもらえば、理解度は、若い時よりはるかに上がっている。海千山千の経験は昔理解できなかった諸書の長短を、的確に判別できるようになった。昔、訳も判らず熱を上げていた本を、憫笑をもって書庫の奥深くに放りこんでやる瞬間の快感は、なにものにも換えがたい。
 いたずらにメモリー機能の減少を嘆くことは、まったくないのである。

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# by zo-shigaya | 2006-04-07 12:48 | 読書メモ
(承前)
 ユダヤ人問題についての専門家でもある内田教授は、線形方程式のもたらした恐るべき歴史的惨禍を教示してくれる。
 「すべての結果には単一の原因があるという考え方をする人間は、そうすることで知的負荷を軽減することができる。だが、この怠惰を「頭が悪い」と笑って済ませる気には私はなれない。「頭の悪い人間」のもたらす災厄を過小評価してはいけない。」
 その恐るべき災厄とは次のようなものだ。
 「1918(正確には1917年〜引用者註)年にロシア革命でロマノフ王朝が倒壊したとき、人々は巨大な帝国があっという間に崩壊したことに一驚を喫した。そして「原因=結果」の線形方程式で歴史過程を考想する人々はこう考えた。
 「歴史的な規模の帝国の倒壊という劇的な結果は、世界的な規模の帝国を倒壊させる力を持った<何か>がによってしかもたらされない。」もちろん、そんなものはあたりを見回してもどこにも存在しない。苦しい推論の結果、彼らは次のような結論に導かれた。「ロシア帝国以上の政治的力量と財力と官僚組織と軍隊を備えた<見えない帝国> が存在するという仮説以外にこの事態を説明できるものはない。」人々はそうやって『シオンのプロトコル』の誇大妄想狂的な世界像を信じ、やがてそれは600万ユダヤ人の<ホロコースト>に帰結することになった。」

 この指摘から、書庫に走っていって、あらためて読み直したものがある。それは、私が学生時代に読んだ(と思っている)、そして影響を受けた(と思っている)カール・ポッパーの著書『歴史主義の貧困』(中央公論社刊)である。そこには、以下の冒頭献辞が書き記されていた。

「歴史的命運という峻厳な法則を信じたファシストやコミュニストの犠牲と なったあらゆる信条、国籍、民族に属する無数の男女への追憶に献ぐ」

 この2行の献辞が示している悲劇と、それに込められたポパーの無念な思いと哀惜について、22歳の俺は、深く思いをめぐらすに至らなかった。なんという不明の至りだ。

 ポッパーがこの書で展開した「歴史主義Historicism 」批判とは決定論的歴史観への批判である。その所論は、極めて大雑把に要約すれば、“すべての歴史理論は社会法則として唯一絶対的な真理であることを主張することは絶対的に不可能である”、ということだ。社会理論は自然科学の理論とは根本的に違って相対的な真理としか主張できない。特権的、絶対的な社会理論は成立しえない事を指摘した。今なら誰でも考えることだ。
 ところが、1960年代の日本ではまだ史的唯物論がその理論的優位を失っていなかった。だからポパーの主張は、マルクス主義理論の無謬性に敵対するものととられ、反動の思想扱いであった。
 ポパーを読む人は、マルクス主義へのポレミークという事に頭を奪われて、この冒頭の2行が意味するところを正確に捉えることが出来なかったのだ。今、心静かにポパーの本を繙けば、公式的マルクス主義への糾弾などというけちな狙いで、それこそ党派的な下心で、唱えたものではないことが判る。
 本を正しい文脈で読むという事の難しさである。

 ポパーは1902年オーストリア・ハンガリー帝国のヴィーンに生まれた。そして彼がこの書の基本的な構想を得たのは1919年から20年の冬である、と回想に書いている。
 1918年に彼の祖国は崩壊し、革命の嵐が吹き起こる。極めて鋭敏に生まれついた少年の眼は歴史的命運という妄想によって生まれる悲劇を目のあたりに見たのである。
 さらに、1938年オーストリアはヒトラーによって「併合」(アンシュルス)される。ポパーはその前年、1937年ニュージーランドに亡命する。
 これだけで、彼の言う「歴史的命運という峻厳な法則」とはマルクス主義とファシズムの両方を指していることは明らかであるし、また彼の仕事は、それらに対抗した特定の思想を持ちだすことではなく、科学的真理という名目で持ちだされる「法則」が、果たしてその主張にふさわしいものかどうか、を判定する検査の物差しを作ったのである。「反証可能性」という物差しである。

 1960年代の日本においていかにマルクス主義の史的唯物論が権威を持っていたか、は、私にポパーの存在を教示してくださった、ほかならぬ久野収先生でさえ、アイザー・バーリン、レイモン・アロンと共に、「20世紀におけるマルクス主義の3大敵手」という言葉で評しておられたという事実で十分だろう。この当時の日本でのこの3人に対する批判のラベルは「反共思想家」であった。
 私がポパーに取りついたのは、久野収先生の「敵手」論を聞き、その口ぶりから、おそらく先生の本音は、「真理はここにある」ということだろう、と感じて、一人で勝手に「OPEN SOCIETY AND ITS ENEMIES」を読んでいただけだ。文字表現だけでは伝わらない妙味だ。謦咳に接することで始めて判ること、というものがある。
 今から振り返れば、20世紀後半の日本の思想状況が強固な進歩主義と、さらに左翼幻想からくるパルタイ信仰の香煙に覆われていたことを感じる。このマルクス主義理論への素朴にして過度な傾倒は同時期の欧米の思想状況からすればアナクロニズムとも言われかねない有り様であっただろうが、なぜ、かくもマルクス主義は唯一無二の大黒柱にされたのだろうか。
 多くの国民が等しく酷い目にあった日本軍国主義というファシズム、その再来を封じ込める唯一のお札がマルクス主義である、という強固な思い込み、期待が強すぎて、少しでも反マルクス主義的口吻がうかがわれるものに対して、強烈なアレルギー反応を起こし、拒絶したものなのだろうか。

 ポパーは、政治権力としてのマルクス主義国家〜ソ連、中国、東欧諸国への党派的批判者ではなく、まさに手を変え品を変えて現れる、線形方程式信者、全体主義者に対する最大の理論的敵手なのである。
 現在の最も兇悪な全体主義者とは、グローバリストの事であることは付け加えるまでもあるまい。

 内田樹教授の御指摘に戻れば、教授は以下のように言う。
「しかし、「蟻の一穴から堤防が崩壊する」ということは、逆に言えば、堤防が決壊する前に「蟻の一穴」を塞いでおけば何も起こらなかったかも知れないということである。」

 至言である。
 そして、これこそまさにポパーの主張する「漸進的社会改良主義」piecemeal social reformationである。

 土台ごとひっくり返す「革命」でなければ社会は進展しないし、「改良」は革命に恐れおののく臆病者の時間稼ぎのごまかしの態度であり、権力を延命させる反革命である。しぶきをあげて迫る大洪水であちこちから水が吹き出している堤防は、一気に決壊させた方が、より良い沃野が生まれる、という主張に対して、ポバーの社会改良主義、蟻の一穴を塞ごうという主張は、姑息な反革命的行動である、と批判された時期が、信じられないだろうが、あったのだ。

 そのどちらを取るかはその時の判断であるが、その判断はあくまでも科学的法則で保証されたものでもなければ、歴史的法則の当然の帰結などと言うものではない。だから、誰でもがそれについて議論する自由と権限を持っている。それがポパーの主張である。
 内田教授の言われるとおり、線形方程式の呪縛は、知的負荷を軽くしようとする人間の怠惰に根ざしているから、容易には解き放つことは難しい。常に手を変え品を変えて立ち現れることであろう。
 我々は、判りやすく、簡単に、ワンフレーズで、すべてを言い尽くそうとする人間を警戒する文化を身に付けねばならない。
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# by zo-shigaya | 2006-01-27 15:24
 今を去る4ヶ月以上前、時事問題に対して行なった予想の、ものの見事にはずれた事に深甚なるショックを受け、ブログの更新はおろか精神のバランスさえ失いがちな日々を過ごしてきた。
 人間はだれしも将来に対する漠然たる、あるいは決然たる予測をもって生きている。踏み出す先の地面が凸凹か滑らかか、までは判らなくとも、ともかく地面が続くという確信、予想のもとで生きている。それを一気に突き崩す最大の衝撃は地震という天災であるが、9月11日の衆議院選挙の結果はそれと同じ位の衝撃を与えてくれた。踏み出した先には、黒々とした深淵が口を開けていた。なまじごく内輪のブログという場での予想にすぎないが、逆にそれ故にか、書いてしまった事への責任がある。
 誰も責任を取れ、とは言わないけれど、(言われても取りようがないが)自分の知的な部分に対する誇大な自信があるものだから、それへの信用の失墜は耐え難いわけだ。
 基本的に真面目なのだ、ワシは。諸君ら同様に。

 なぜこのような結果が起きたのだろうか。それ以来、寝ても醒めてもその原因を考えて来たが判らなかった。小選挙区制では小さな投票行動の変化が大きな変化を生む、という制度のカラクリに結論付けるだけではすまないような気持が残る。
 政治の結果について原因の特定は不可能なのだろうか、「原因=結果」をつなぐ輪にはなにか不可知な函数が入るのだろうか。そんなところにまで考えを広げていくと、ナチスの脅威からブラジルに亡命し絶望のうちに自裁したシュテファン・ツヴァイクの心境が思いやられてとめどもなく憂欝になった。危ないところだ。

 こんにちに至っても、その「腑に落ちなさ」の感情は同じであるが、年末に05年2月の内田樹氏のブログをプリントしておいた紙片を見つけて読みかえしているうち、やっと精神のバランスが回復された。そこにはこうある。

 「私たちは『原因と結果』ということを簡単に口にするけれど、『原因』ということばは『とりあえず原因が判らない場合』にしか使われない。このことに気づいている人は少ない。」(内田樹ブログ2005年2月17日「原因」という物語)
 
 このブログは05年2月に起きた「教職員殺傷事件」の報道に見られる“なんでこんな事件が起きたんだ、学校の管理責任はどうなっているんだ”という「悪いのは誰だ?」という問いの形式で報道する姿勢、「他罰的枠組みによる報道姿勢」への批判として書かれたものである。

 内田氏は言う。
 「「悪いのは誰だ?」という問いが有効な場面は、人々が信じているよりもはるかに少ない。」何故ならば「そのような問いが有効なのは、「線形方程式」で記述できる状況、つまり入力に対して出力が相関する「単純系」においてだけだからである。現実には、人間の世界のほとんどの場面は、わずかな入力の変化が劇的な出力変化をもたらす「複雑系」である。出力(=結果)が劇的なカタストロフであることは、結果と同規模の劇的な入力(=原因)があったことを意味しない。「蟻の一穴から堤防が崩れる」これはプリゴジーヌのいう「バタフライ効果」と同じ意味のことである。」(同上)

 まさにその通りだ。そうだったのだ。俺は知らぬまに線形方程式のとりこになっていたのだ。このことに深く納得する。プリゴジーヌについてはリーアン・アイスラーの『聖杯と剣』においても、立論の重要な理論的支柱として引用されていたし、解説書も読んだことがある。それでいて今回のような事態に対して、持ち出せない、思いだせない、情けない。

 言うならば、気が付かないうちに「歴史の進歩史観」にはめられていたのだ。
 努力したものは報われる、正義は最後に勝つ、正直者は得をする、寝ていて人を起こすな、というのは道徳律であって、因果律ではない。
 可能な限りの変化を予想し、出てくる結果に素直に従いながら、どこで次のバタフライが羽根を開くのか、どのような形でそのエネルギーが廻ってくるのか、開いた眼で見届けていなくてはならない。眼を閉じてお念仏を唱えるのはまだ早い。
 昨年の事態において確認しておくべきことは、これだけの大きな政治変化(政界変化か)を生むにあたって使われた入力エネルギーは、出力に比べればきわめて小さいものであった、という事実だけだ。
 そして、これに加えて、所詮、世の中、どっちへ転ぶか分かったもんじゃねえや、という覚悟である。
 これが一番、重要な事なのだ。
 つまり、ブリゴジーンのカオスの理論は、小さな変化が大きな変化を生む仕組みを示しているが、その動きが必ずしも、アイスラーの、あるいは私の希望する方向に動くとは限らない、という事実、これを認めない限りは、どこまで行っても「科学的と僭称する歴史的決定論」から足抜けできないことになる。
 自然科学の法則論は無情、無機質、無方向なのだ。いわば限定された「空間」での法則である。それを社会法則に適用しようとするときには、その空間に「時間」軸を持ち込むことになる。「空間」に「時間」を混入させることは、科学の視座から別の視座に移ることになる。
 今、初めてそのことを実感した。今日まで生きていてよかった。学問をしていてよかった。

 内田氏いわく「私たちの社会で起きるさまざまな事件のほとんどすべては複数のファクターの総合的な効果であり、「単一の原因」に還元できるような出来事はまず存在しない。」

 無数の複合した原因がある、その事を素直に、敬虔に、驚きをもって受けとめねばならないのだ。自分には思いも由らなかった原因があったんだ、それも沢山、と。
 結果についてがっくりするのは、今回はまあ当然な事情があるとしても、それを差し引いて、もう少し突き詰めてこの落ち込みを考えると、人生ってさまざまな事が起きるんだ、という覚悟が薄くなっている、どうかすると無くしてしまったのではないか。その覚悟の無さが、落ち込みの真因であるようだ。

「この天地には我々の哲学に思い及ばないものが多々有るだ、のう、ホレーショ」(シェークスピア「ハムレット」)

 おいらはすっかりヤキがまわってしまったぜ、おい。
 これがすべてを言い尽くしている。

(この項は、続きます。)
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# by zo-shigaya | 2006-01-24 14:53

三人吉三

 新春を寿ぐ江戸大歌舞伎の演目に河竹黙阿弥『三人吉三廓初買』があります。名せりふ「月も朧(おぼろ)に白魚(しらうお)の篝(かがり)も霞む春の空、つめてえ風もほろ酔いに心持よくうかうかと、浮かれ烏(がらす)のたゞ一羽塒(ねぐら)へ帰(けえ)る川端で、棹(さお)の雫(しずく)か濡手(ぬれて)で泡、思いがけなく手に入る百両」、
(ト懐の財布を出し、にったり思入れ、このとき上手にて、厄払(やくばら)いの声しておん厄払いましょう、厄払い、厄払いと呼ばわる)
「ほんに今夜は節分か、西の海より川のなか落ちた夜鷹(よたか)は厄落とし、豆沢山(まめだくさん)に一文の銭(ぜに)と違って金包み、こいつあ春から延喜(えんぎ)がいゝわえ。」

 このせりふを声色で真似したりするのは大好きですが、色と欲のドロドロ模様の黙阿弥の芝居じたいはあまり見たくありません。むしろ嫌いです。歴史的作品としては評価しても、それこそ金を払ってまで見に行きたいとは思いません。身近なところにそんな実例がごろごろしているから。

 二年程前、「金で買えないものはない」などとワルぶったセリフが大々的に報道されたのを見たとき、そんな話をした経営者の人格よりも、むしろこの程度の放言を、本気で受けとめて記事にするジャーナリズムのナイーブさ、幼稚さが不思議でした。結局この報道が大当たりして、学校では「お金で買えないものを10挙げましょう」などという勉強までしなければならないそうで、実にご苦労様というほかない。
 なぜこの程度の放言を、目を剥きだして大仰に報道するのだろう。報道する側からすれば、国民がそれを欲するからである、と言うだろうか。
 しかし、私たちの身近にいてそんなセリフを得意そうに吐く子供は仲間うちから村八分になるだろうし、社会人でそんな奴がいたら、職場や友人仲間で尊敬されない存在に決まっている。つまり取るに足らない人物と評価されるに決まっている。それを30代の経営者が口走れば、なぜ日本のマスコミはひきつけを起こしたようにして書き立てるのだろうか。ワルならワルらしく黙阿弥程度のセリフをしゃべれよ、と言うことだし、もしも報道が「平成のワル」としてのイメージ作りをしたいのなら肝心の、蓄財の悪の構図をもっと詳しく暴いたら良いではないか、と感じたものでした。

 見栄も毒も無いサル芝居に東京地検が乱入して2006年の新春からジャーナリズムを賑わしています。
 連日の報道を見ていて、昨年の月刊誌「世界」連載の辛口コラム「経済社会戯評」がすでに的確な解説をしていたことを思い出しました。それもまさに上記の黙阿弥作品に見立てて『金儲け三人吉三巴白浪』と題されています。
 筆者は朔北胡茄というペンネームで(なんと読むのかフリガナはない)毎号寸鉄骨を刺すような面白さで愛読者は多いのでしょうが、なにせマイナーな雑誌(失礼!)への掲載ゆえ広く人目に触れる事が少ないようなので、以下にその内容を御紹介しておきます。詳しくは「世界」の2005年8月号190p以下を見てください。つまり、あのおぞましい!!コイズミ選挙の前に書かれたものです。

 「平成三人吉三」のお3人とは、国税庁「2004年高額納税者名」の公示で「だんとつ」1位の清原達郎、村上世彰、そして堀江貴文さんという面々です。いづれ劣らぬ顔ぶれであります。

 朔胡氏の結論を先に御紹介すれば、ライブドアは「グリーン・メーラーだ」とズバリと指摘しています。
 緑のお手紙人?、さてそれはどういう職業でしょうか?
「日本の公開株式会社が総会屋を生み、アメリカのそれがグリーン・メーラーを生みました。いずれもダーテイな職業です。」
 明快です。つまり堀江は成りを変えた、アメリカ仕立ての総会屋だ、ということです。
 日本では「総会屋は少数の株券を持って株主総会で会社に対していやがらせの発言をすることをほのめかしたりして会社から金品をえようとします。また雑誌類を発行して会社のいやがる内部事情を書くなどして、これを高く買い取らせます。大物になると、こうした株主総会のゴロを抑えて総会をスムーズに運営するよう株主総会をリードするなどして報酬をうるものです。これは商法改正によって刑事罰となりました。」
 そうでした。この罰則で総会屋も封じこめましたが、一方で企業の株主総会担当役員が罪をかぶったケースもありました。
 さて、これに対してアメリカの「・・グリーンメーラーとは狙った株を高利で集めた金で買い集め、会社を脅して高値で買い取らせるものです。ブラック・メール(恐喝状)に掛けてグリーン(南北戦争の時発行した紙幣の裏が緑であったところから紙幣を意味する)・メーラーといわれています。」
 そして「グリーン・メーラーは堀江貴文さんです。ニッポン放送の株を買い占め、結果としてフジテレビに買い取らせ、大儲けをしました。グリーン・メーラーそのものです。」
 ここまで読んでも、ふ〜ん、そういうもんか、日本ではまだ法が未整備だもんな、と他人ごとの気持が残りますが、実はこのコラムの凄さは次の指摘です。
「堀江さんはライブドアの株2.2億株余り、全体の36.43%を所有しています。(勿論このコラム執筆時点*引用者註)いま1株300円とすると時価660億円となります。どうしてこれだけの資産を短期間につくることができたのでしょうか。税逃れはどうして可能だったのでしょうか。それは『世界』の5月号で上村達男早大教授が指摘しているように、刑事罰にあたる行為によってでしょうか。」
 問いかけで締めくくっていますが、その問いの7ヶ月後に東京地検が解答を出してくれる作業に取りかかった、ということでしょう。最終的なお答えは、国税庁かな。

 さてせっかくですから、あとのお二人の吉三さんについての評価も見ましょう。
 マスコミが「サラリーマンの億万長者」と報道した清原達郎氏。「清原さんはサラリーマンなのでしょうか。私にはそうは思えません。」と経歴を紹介する。
 81年東大卒野村証券勤務、アメリカ駐在も経験の後、アメリカの投資銀行ゴールドマンサックス東京の転換社債部長、そしてモルガンスタンレーの財務戦略部長。その後スパークス・アセット・マネージメントの投資信託の運用部長を経てコンサルタント会社「タワー投資顧問」とつくった人、だそうだ。
 この日本企業のスパークスに、初めて、アメリカ最大の公的年金資金(カルパスーカリフォルニア公務員年金基金)が入り運用をまかされたようで「その企業の投信の運用部長が清原さんかもしれません」と慎重な記述があります。
 氏は96年に「タワーK1(ワン)J」なる投信をスタートさせる。Kは清原、一号ファンドのこと、タワー社はこの清原ファンドのための会社で、現在(05年*註引用者)社員15人で社長は谷村という人になっており、この人が二億円の資本金の1.2%240万円を持っているが社員全員は清原氏のために働いているのが実態。清原氏は運用部長となっているが、会社の事実上の運営者である、という。新聞が「サラリーマン」と報じるのは正しくないわけです。
 さて納税額約37億円推定年収約100億円のこの方の収入源は何か。「03年9月の投資顧問会社要覧によれば清原ファンドでは年金資金10億円の運用にはその0.42%が基本報酬として支払われる、とあります。420万円です。20億円の年金資産の運用を頼むと、10億円を超える分には0.27%、つまり270万円が加わり690万円となり料率は逓減されます。100億円の資産運用では年2010万円、これを超えた額には0.12%が加算されます。契約資産額に応じる基本料金です。96年現在運用資金は192億円、運用の成功が機関投資家の資金を呼び込み02年340億円、03年860億円、現在(05年)2600億円といわれ、これらから基本料金ともいわれる収入が入っています。」
 しかしこれだけでは100億円には不足ですから当然それ以外にあるわけで、「第2の、そして重要な収入源が成功報酬です。・・・利益の20%が成功報酬とされています。」
 預かった資産を運用して得た利益の20%が会社に入るという。それをどういう比率で分配するのかは分かりませんが、03年「タワーK1J」が103%の運用利回りを実現したときには清原氏は納税額8億557万円、推定所得21億円、02年には納税額3億9718万円、推定所得11億円、であったそうです。
 と筆者は実にこまかく所得と納税額を挙げておられます。もう堀江さんについての結論を読んだ私たちにはなぜここまで書くのか、が分かりますが、このコラムニストの文章の構成は実に良く計算されたものです。
 このタワー投信顧問が、ではどのような資金運用をしているのか、「割安な株を探し出し、それを買い、値上がりした時に売る、という手堅い運用のようです。選ぶ銘柄は人々が気付かない中小企業の株式が多く、どこの企業がどういう状態かをスタッフが丹念に調査し、その上で行動するというもののようです。」
 なるほど、株取引の王道であります。で面白いのは次のところです。
「おそらく清原ファンドが売買する株の会社名は『世界』の読者には無縁でしょう。オーハシテクニカ、カッパクリエイト、藤久、秀英予備校等々・・・です。」
 カッパクリエイトは回転すしチェーン大手、オーハシテクニカは自動車部品メーカー、藤久は手芸洋品店チェーン大手だそうです。おっ、良い事聞いた、私も真似をして買ってみようかしら、と色気を出す読者に、筆者は静かに忠告します。なんて親切なコラムニストでしょう。さすが『世界』の御用達です。
 「もちろん清原ファンドが安く買った時には安く売った人がいます。高い値段で売った時には高い値で買った人がいます。したがって清原さんが得をした時には損をした人がいます。1900(ママ)年代以後株式市場での売買は、プロ筋の利益、素人筋の損が続いていることを思うと、『世界』の読者が清原さんをマネて手を出すことは危険です。」

 さらに、いま現在のボーダーレスな資本の流れを『カルダンのコタツ蒲団』@現象という名言で説明します。
 つまり清原ファンドの資金源は外国の企業の金です。ゴールドマンサックスとかチェース(ロンドン)などの資本なわけですが、これらの世界の機関投資家が回転すしチェーンのカッパとか予備校チェーンなど、見たことも聞いたこともない状態で投資をし利益を上げているわけです。カルダンがコタツなるものを知るわけも無いまま、日本のデパートで「カルダンのコタツ蒲団」が売られていると同じような現象が起きているのです。
 「市場というものが、いかにいいかげんなものか、それとも利潤を求める資本の力が、いかに奇妙であっても、どこでも入り込んでいくかに感心すべきものなのでしょうか。」

 さてこの清原ファンドが、一応悟り済ました態の「和尚吉三」だとすると、村上ファンドは、もう無法無体な「お嬢吉三」です。長年内部蓄積をしている企業に目をつけて、押し借り強請ではなく、密かに株の買い占めを行い高配当を要求する手口です。
 2001年から2年にかけて内部留保金が1253億円あった婦人既製服の「東京スタイル」を標的にし静かに筆頭株主になり、705万8千株を保有したところで02年1月31日1株500円の配当を要求します。97年以来1株12円50銭の配当でしたからケタはずれな要求です。
 株主総会の多数獲得には失敗しましが、会社は配当を1株20円に上げ、さらに123億円を上限に自社株を買いました。これで株価は上がって村上ファンドは所期の目的を達します。
 さらに05年には大阪証券取引所、東京ソワールと狙いをつけそれぞれ増配と役員派遣などの”提案”を行ないます。(その後の阪神タイガース騒動でさらに有名になる)
 いずれも高値の条件を作りだし、保有株を市場で売って利益を上げます。すさまじい要求と、かつ理論武装でまくしたてるやり口に加えて、「村上氏が社長をつとめる会社の株の45%をオリックスが所有し、そのトップ宮内義彦会長の顔が見え隠れする」ことが、村上ファンドの特徴で、筆者はここでもずばりと言います。
「村上ファンドの特徴はグリーン・メーラーではありません。文字通り、脅しという意味のブラック・メーラーです。」

 買い占めた株を会社に買わせる手口のグリーン・メーラー「お坊吉三」堀江は、東京地検を口火に最後は国税局で年貢を納めることになるでしょうが、後の吉三さんたちの行方はいかがなものでしょうか。

 朔胡氏の明快な解説と、黙阿弥作品に見立てる鋭敏な文学センスには誠に感服します。幕末の悪たちが、舞台の上とは言え憎悪の対象とはならずに、むしろ江戸庶民の喝采を浴びてヒーローとなったのは紛れも無い事実です。
 今また、平成の「三人吉三」もその無法な振舞にもかかわらず、妙な共感や同情の中に包まれています。「ホリエモン頑張って〜」というメールが後を絶たないといいます。声援している御本人のお財布が空っぽになるかどうかという事よりも、その掟破りに共感がいってしまうという空気です。
 逼塞して、どこかが破れなくてはならない情勢なのでしょうか。
 朔胡氏はその臭いをはっきりと感じておられるようです。
 私には良く分からない。帰って幕末史を読んでみよう。
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# by zo-shigaya | 2006-01-20 16:22