ん、誰か呼んだ?


by zo-shigaya

優雅なお振舞い

07年6月28日(木)朝晴れ、昼からくもり、夕方もくもり。暑い
 6時起床。朝は冷や冷やとして気持ち良い。
 思い立って眼科に行く。コンタクトが無くなったので、購入ついでに検眼をしてもらい、読書用の眼鏡の処方箋も書いてもらう。三ヶ月分で23,000円くらい掛かる。本当に一日きりの使い捨てワンデーだったら高すぎる。擦り切れるまで再利用すればこそ耐えられる。前回は三年前だった。
 ついでに犬のフィラリアの薬をもらおうと動物病院に行ったが木曜日は休診日だった、残念。フィラリアのお薬は高いぞお。たしか一匹四回分で9千円だ。
 ここの先生は面白い。昔「お尻なめあったりしているとどっちかが飲んでいると抗体が出来ます」と言ってた。
 うちの犬どもは、歯を剥き出してカブリあいは毎朝やっているが、おイドなどを○○あうような優雅が事は、とんとせんわい。穀潰しどもが。
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# by zo-shigaya | 2007-08-03 17:00

久闊を叙する

07年6月27日(水)
 昨夜のお酒が残っている。今日は仕事の予定は無い。午後、買い物に行く。ヤマヤでビール。大丸で夕ご飯の食材、お肉とお肴を買うとたちまち9千円になる。ブックオフに寄って新書やマンガをどっさり買ったら1,600円分。知は食うべきものなり。

石川九楊『「書く」ということ』文春新書平成14年(2002)5月刊。(105円)
 「本来、人間の生と生活を豊にし、率直に喜んで歓迎すべきーーいわば垂涎の的である べきーー商品が、気のりのしないまま購入と使用にかり立てられるということ自体が、 現代商品の反人間性、反社会性、反文化性を証している。」9p.
 まったくです。
 i-podを過大な期待で買ってみたけれど、きわめて使いずらい。つまりパソコンを経由して音を入れて、それを再生するのにイヤホンしか基本的には使えない。空間に音楽を響かせるためには別のドックが必要となる。
 ポッドに入れた音源の削除はポッド本体では出来ない。パソコンにつないであらためて加除しなければならない。
 何千曲が収録可能と言っても、そんな数になるとなにが入っているやら、それがどこにあるのやら、検索をするのに、あのクルクルホイールで上から下までスクロールをしていかなければならない。
 これをやっていると、あるいは、こんな事をしなければならない、と考えるだけで気持ちが萎えてしまって、どうでも良くなってくる。

 石川九楊氏は事務機としてのワープロは有能な機器であるが、表現や教育にとっては「文化を停滞させやがて退廃させて、失速させる」p25ものだ、と指摘している。

 ワープロ作文がもたらす最大の利点は、本心(無自覚の意識)を消し去ったところで、あるいはこれと乖離したところで生じる、SF、ホラー、サスペンス、推理小説などの、肉性を削いだ小ぎれい化と、奇想天外化である。」と言う。

 これなどは、京極夏彦の小説の本質を差していてあますところがない。
さらに、「平野啓一郎の『日蝕』は、純文学の仮面をかぶった怪奇文学(文章作成機(ワープロとルビを振る)文字)の嚆矢であった。・・・このような文学は反人間的で、やがて亡ぶにちがいない一過性の現象にすぎないのである。」p22

 と批評している。この作品の評価に対しては、私もまったく同意する。読んであまりにも気持ちが悪くなって、そのままごみ箱に捨てた本だ。本を捨てたのは人生で2回か3回しかないがその希有なる例である。
 あと捨てたのは、久世光彦の書いた本だ。森繁について書いた本であったが、書きだしを数ページ見てそばにあったごみ箱に放り込んだ。それ以来、久世の本は見たくも無い。「品性が卑しい」というのはこの男のためにある言葉だ、と思った。それは文才や才能とは関係無いことだ。(ああ、つまらない事を書いてしまった。)

 夜、『よみがえれ、哲学』竹田青嗣、西研対談(NHK出版)を読んでいると、忽然と思い出した事がある。ここで丁寧に説明されている知的態度は、中江丑吉の事ではないか、と。
 『北京の中江丑吉』を取りだして来て読む。実に繊細にして剛直な人だ。本当に久闊を叙する思いである。夢に兆民先生を見なくなって幾年か、さらに丑吉さんの御本を書棚から降ろしたのも何年ぶりか。死んであの世で、もしもお目にかかったら、必ず怒られる。
 いや、ただ、にこやかにお笑いになるだけかな。昔は随分熱を上げられておられたのにね、と。
 
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# by zo-shigaya | 2007-08-03 16:50

学問の進歩

6月24日(日)晴れ
 午後24時から「マリリン宝塚副主役抜擢辞退慰労会」に出席。2時間ほどで帰る。声が出ないと、しごく窮屈。

 新井孝重『蒙古襲来』(吉川弘文館2007年4月刊行)を読む。
 従来の問題の多くが解決されている。学問というのは進歩している。
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# by zo-shigaya | 2007-08-03 16:36

ゲシュタポ

07年6月20日(水)晴れ、暑い。
 11時マリリンを送って芦屋のジョン宅。らさと一緒に公園に。にやっと恥ずかしそうに笑う。可愛いが依然としてなつかない。帰りに三越で犬のエサを買う。
 午後2時ごろお迎えに。帰途、マリリンにテイファ二ーで電子辞書を買ってやる。ダイヤ入り2千万円也。

 夜、買い置きのオーストラリア牛肉のステーキ。焼きすぎて失敗する。

 ゲシュタポの話。
 映画『脱走特急』にゲシュタポが出てくる。
 逃亡する米英の捕虜軍は列車運行の変更を掛け合いに行くがなかなかラチが明かない。と、そこにゲシュタポが2人居合わせる。それが目に入ったダイヤ編成係はこの無茶な申し出は、ナチ高官の命令、と勘違いして、オーケーの許可を出す。してやったり、と喜ぶところへ、ゲシュタポがすっと寄って来て、フランク・シナトラの腕時計に目をつけ「これはアメリカ空軍の時計だ、どこで手に入れた」と尋問する。唯一人ドイツ語の話せる従軍神父がナチスの将校に化けているのだが、彼がとっさに米軍機を撃墜した功績で、パイロットの着けていたものをやったのだ、と言う。居丈高な態度にその場はそのまま収まるが、ゲシュタポ2人は列車まで後を着けてくる。そしてシナトラに向かって貴様の正体は割れている、と言うかと思うとさにあらず、その時計を譲れ、という交渉である。あっけにとられていると、やれストッキングやタバコを出してこれでどうや、とくる。ドイツ語もろくに判らないシナトラはびくびくものながら強気の態度で相手の申し出を倍にさせて、まんまとタバコをせしめる。
 ハラハラさせながら笑いを誘うシーンであった。
 ゲシュタポが役に立つときもある。
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# by zo-shigaya | 2007-08-03 16:33

忙中閑あり

07年6月18日(月)朝 快晴、
 7時半起き。犬を出してご飯。昨夜の殘りでオムレツ。(玉ネギの薄切り、唐揚げの豚肉)これは人間様のご飯である。間違えないように。
 出社。昼食後、午後2時、帰宅して3時、マリリンと三人で有馬温泉へ。
 温泉水滑らかにして凝脂あらう。
 助け起こせばやうとして力なく、
 (あと、なんだっけ)

 山緑にして音色嗄声、ヒーヒー。
 サービスは越の牛王さまだ。
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# by zo-shigaya | 2007-08-01 14:37

父の日でござる


07年6月17日(日)晴れ、一日中晴れ。
 ふらふらしながら7時に起きる。犬にご飯をあげる。アステはラサにすっかり安心していて、むしろ保護意識が出て来ている。庭に行くとついて行く。二階の階段を登るとそばにいて一緒に上がる、という。想像以上の家庭犬だ。
 愛恋は朝から外出。やんごとなき方々のお迎えだ。
 ウイリアムから「父の日プレ」のクッキー。皆で食べる。
 お昼はリチャードが買って来てくれた本場博多ラーメン。食後昼寝する。いくらでも眠れる。弱っているんだ。
 3時すぎ名古屋の一家帰る。アステ、沓脱ぎのところで靴を履いているラサの後ろから首のあたりを舐めている。またおいで、という風情。
 自宅プリンターコピー機のインク詰替えに挑戦!成功!! 1320円で4回詰替え可能という。カートリッジごと取り換えれば一個1960円だから、べらぼうな値段だ。
 夕食は豚肉のにんにく醤油付けの唐揚げとタマネギの薄切り。トマトソースのスパゲテイ。
 愛恋、九時帰宅。

 NHKTVアニメ『電脳コイル』1〜4話。
 絲山秋子『ダーテイ・ワーク』

 WHOの警告。電磁波被害〜電気カミソリ、ドライヤー、掃除機も危険。電子レンジ30cm以内は危険。テレビは1m以内危険。

 夜もぐったりとして、10時ごろにはベッドに倒れ込む。
 声がしゃがれて出ない。
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# by zo-shigaya | 2007-08-01 14:34

げんげしゃとはなんぞ?

6月16日(土)朝、曇り、涼しい、寒いくらい。お昼頃になって日が照ると暑い。午後は晴れ。
 朝9時ごろ、名古屋のリチャード一家が来る。朝飯を作ってやるが、ふわふわとしてムダな動きが多い。
 二階から見ていたら、居間から来たアステがホールの鏡の前で立っているラサに近づいていって、顔をぺロぺロとなめていた。ひやっとしたが、アステはラサを怖くはないらしい。ラサは「ワンワン、こわい」見たいなことを言っているが、泣いたりはしない。
 「父の日」プレで『安楽枕』を戴く。感謝!!
 10時過ぎ出社。
 誠に体調悪い。いわゆる「喉風邪」であるが、これが目の視力調整機能にも影響を与えて、ウルウル感がある。午後、家に帰って葛根湯を飲んで少し寝る。冷や冷やしたり、急に汗をかいたり。楽天から来るお店のメルマガの中で、同じ症状を訴えている人がいる。流行っているんだ。

 午後4時半また会社に行く。土曜日だけど夜の宴会は小学校の野球大会の祝勝会だけ。
7時帰宅。ネット取り寄せ(ネッ取り)のホッケ(美味)。ニラと塩玉子のオムレツ。(ラサが喜んで食べる)タマネギのサラダ豚肉載せ、牛肉のタタキ(これはジャスコで買ったオーストラリア産、グラム100円)、うまい。ジャスコが扱っている従来の肉より肉質が良い。EU肉に近い。
 シャンパングラス2杯、ビール缶1つ。日本酒二合。そのままで失礼してベッドに入る。横になってもぐらぐらとした崩落感と背中合わせの感じながら、辛くも調整を取りながら寝る。米朝の『けんげしゃ茶屋』をMDで聞きながら眠る。

 「げんげしゃ」(「けんげしゃ」か)とは、げんをかつぐ人、という意味の語。大阪でも「昨年90歳で亡くなった(橘の)円都さんが若いときに聞いたことがある、というくらい昔の言葉で・・・」と米朝さんが枕で言っている。
 この噺は好きだ。下品な事をしていて、これほど品の良い噺は無い。
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# by zo-shigaya | 2007-08-01 14:28

朝、目がさめると

07年6月15日(金)朝くもり、涼しい。昼曇り、暑くなる。夕方から曇り。
 飲酒のため気分悪い。7時40分ころやっと這う這うの態で起きる。へばり状態。
午後2時芦屋の隣で山の神さんの安座祀りに出る。
その後、神戸に買い物に。山田電機で「プリンターインク詰替用」、ジャスコでスイカ、オーストラリア牛肉、ビール、など買い物1万円。
 車の中で声がかすれていることに気がつく。昨日のゴルフで風邪の菌を拾ったか。

 7時帰宅。マリリンと夕食。豚肉とちんげん菜炒め、もずくと胡瓜和え。缶ビール350cc1,田沢湖ビール1本。赤ワイングラス1杯。

 エリザベスはチラシ配付のアドレスまとめなどで11時ごろ帰宅。
 拙は11時半ごろベッドに入る。

 夜中、3時ごろ目が醒める。居間で読みかけの絲山秋子短編集「ニート」読了。これはつまらない。前の「袋小路の男」もあまり感心しなかった。それでもあの作品で川端康成賞を受賞している。あれはセックスレスの関係を描き、こちらは女性の性欲に基づく保護本能や、アナルセックスのスカトロ男との交情を描き、といろいろな男女の関係を試作しているが、あまり上手くいってない。なんたって、河野多恵子さんの「みいら蒐り猟奇譚」や富岡多恵子の「揺れる大地」という先行作品があるのだから、それと比べると勝負にならない。
 芥川賞の「沖で待つ」も、「海の仙人」を読んでからだと印象が薄まってしまう。どっちの話だっけ、という感じ。
 最初に読んだ「イッツ・オンリー・トーク」と同書収録の「第七障害」の印象が好すぎてそこから先に出ていかない。
 5時近くなって眠くなったのでベットにもぐり込んだら、7時に起きても頭が茫然としてはなはだ具合が悪い。
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# by zo-shigaya | 2007-08-01 14:26

ゴルフでござる

07年6月14日(木)朝晴れ、昼 晴れ 夕方雨 雨が綺麗
 朝5時起床。涼しい、綺麗。気持ち良い。
7時20分車でゴルフ場へ。会社のコンペだ。8時到着。練習場で8番、5番、ドライバー、500円分打つ。
9時開会式。例年のメンバーと廻る。スコアは、・・・・。クソ
2時40分ホールアウト。そのまま汗だらけで家に帰りシャワー。
 5時過ぎ、懇親会のため出社。5時半から7時まで。生ビールジョッキ1杯半。日本酒一合半。
 夕方の夏の雨の中を傘を差して、自転車で帰る。気持ちいい。
 やっほう、娘のマリリンが帰国している!!!雨の庭を眺めながらまた飲酒。10時過ぎ就寝。

 わずかな閑を盗んで、『脱走特急』(1965年・マーク・ロブスン監督)を見終わる。主演フランク・シナトラ、トレヴァー・ハワード。イタリアの捕虜収容所の英軍捕虜たちがイタリア降伏後、ドイツへ連行されるのを移送列車を強奪してイタリア駐在のドイツ軍を相手に奇策をめぐらし、ついに鉄路でスイスに出国する、という話。
 F・シナトラは撃墜された米軍パイロット、階級が大佐で収容所中で最高位のため指揮を取ることになる。英軍は収容所内で規則に抵抗し脱走計画に熱中し、ために医薬品や衣料の提供をストップされ被害を被る者が多くなる。シナトラを始め少数の米軍捕虜は宥和政策を取り所内の環境を改善し終戦を待とう、という態度。そこで頑固者のトレヴァー・ハワードと衝突するがイタリア降伏後は一致協力して脱走を図る。実際の汽車がイタリアの国内を走り廻るという実写の面白さがある。女性出演はただ一人というのも珍しい。これもあっさり撃たれてしまうが。
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# by zo-shigaya | 2007-08-01 14:21

ニコニコ現象学

07年6月5日(火)
 竹田青嗣『現象学は<思考の原理>である』ちくま新書を読む。
 この本は、現象学を煩瑣なスコラ哲学の隘路から救い出した名著だ。こんなに良い本だとは知らなかった。と同時に、竹田さんが1947年生まれで早稲田大学卒業の在日朝鮮人であったことも知らなかった。著書の写真が妙に若く写っているので浅田彰の世代かと思っていた。ほとんどわたしと同じ航跡を辿っていた人だ。30歳過ぎまで定職につかず、煩悶と懐疑の中で苦闘された人であったことも。
 写真が悪い、なんでブック・デザイナーはそこに気がつかなかったのか。
 この人の現象学の解釈については一字一句同意する。これこそがフッサールのいわんとするところであり、真髄である。
 しかし、題名はこれでいいのだろうか。もう少しクールなものにしてくれたらよかったのに。例えば、『寝ても起きても現象学』とか『とめてくれるなおっ母さん、これが現象学だ』とか『背中で判る現象学』『ポストモダンは捨てよう』とか、『安心立命現象学本願』とか、『鉛筆でたどる現象学』とか。(どこがクールだ?・・)
 竹田青嗣さんの本で、最早流行りのフランス哲学書を読む必要はなくなった。”竹田さんにすかせ参らせられても本望”と思い定めて読まれたし。拙者の30年の哲学放浪からの鑑定でござる。
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# by zo-shigaya | 2007-08-01 14:16