ん、誰か呼んだ?


by zo-shigaya

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目の法悦

 岩波文庫の斎藤緑雨「かくれんぼ」を146%の拡大コピーで読む。誠に具合がよろしい。
 原文は改行の無い漢文口語体=江戸戯文体である。これを文庫本の活字の大きさで読むと途中でなにがなにやら判らなくなる。読みづらい印象が先に来る。
 それを拡大して区切りの朱を入れながら読むと実に良い文章であり、面白い、楽しい。一読して三嘆。

 岩波文庫にはワイド版があるが、そこまでしなくても、活字をもう少し大きくしてゆったり組んだ版型にすればよい。その点では文春文庫が一番読みやすい。新潮文庫も新版からは活字を大きくしている。
 たまたま書店で手に取った安岡章太郎の「質屋の女房」などは前版よりは格段に読みやすくなった。もっとも安岡章太郎の作品は小さい活字でもそれほど痛痒は感じないが、この斎藤緑雨の作品や、樋口一葉さんのものは組版の違いが理解と鑑賞に大きな影響を与える。
 ちなみに新潮文庫「にごりえ・たけくらべ」の平成15年改版本は実に好ましい組み具合になっていて、手に取って眺めているうちに、つい何度目かの「にごりえ」体験をしてしまう。

 ついでに触れておくが、集英社文庫にも「たけくらべ」がある。(1993年刊行)こちらは行間がもっとゆったりで、ルビもたっぷり振り、脚注付き、で初めて手に取る人たちに誠に親切な造りである。
 ただ、一読即解を狙うがあまりに、原文を適宜改行し、句読点を振り、さらに会話とおぼしきところはカギカッコを付けて、改行して表に出している部分もある。
 ここまですれば、一葉さんの文体ではなくなってしまう。

 例えば「たけくらべ」の(十三)で信如が大黒屋の前で下駄の鼻緒を切らしているところを美登里さんが庭から物陰に隠れて見ていて、手伝ってやりたいがこれまでの事もあり、ああどうしよう、という所を引いてみる。

 「・・・さまざまの思案尽して、格子の間より手にもつ裂れを物いわず投げ出せば、見ぬようにして知らず顔を信如のつくるに、
 「ええ、いつもの通りの心根」
と遣る瀬なき思いを眼に集めて、少し涙の恨み顔。
「何を憎んでそのように無情(つれなき)そぶりはみせらるる。言いたいことは此方にあるを、余りな人」
とこみ上げるほど思いに迫れど、母親の呼声しばしばなるを侘しく、詮方なさに一ト足二タ足、
「ええなんぞいの、未練くさい、思わく恥ずかし」
と身をかえして、かたかたと飛び石を伝いゆくに、・・・」(同書78〜79p)

 新潮文庫から同じ場所を引いて見る。ただし、「ええ」は旧仮名の字。このパソコンで出ない。

「・・・さまざまの思案尽くして、格子の間より手に持つ裂れを物いはず投げ出せば、見ぬように見て知らず顔を信如のつくるに、ええ例の通りの心根と遣る瀬なき思ひを眼に集めて、少し涙の恨み顔、何を憎んでそのように無情そぶりは見せらるる、言ひたい事は此方にあるを、余りな人とこみ上るほど思ひに迫れど、母親の呼声しばしばなるを侘しく、詮方なさに一ト足二タ足ええ何ぞいの未練くさい、思わく恥ずかしと身をかへして、かたかたと飛び石を伝ひゆくに・・・」(同書118〜119p)

 地の文と登場人物の心の言葉とが渾然と溶け合ってつくられる文章の妙味だ。カギカッコで截然と切り出すとその旨味が消えてしまう。一言で言って、野暮な文章になってしまう。

 さて、話を戻して、森銑三が、文庫本の字の細かさが読書の楽しさを奪うことを述べている。江戸の文学作品を文庫本で印刷されると、本文の活字も小さいが、そこへ割註をはめ込まれると、そのまた半分の活字になる。そんなもので読ませられるのはご免だ、と書いていたが、後年、その本が岩波文庫になったのだから皮肉なものだ。(柴田宵曲との共著「書物」)

 カフカも自分の最初の著作を出版するに当り、その活字の大きさ、組み方について注文を出している。大きな活字で1ページあたり何十字にすべし、というものだったという。その希望は叶えられ、1913年にローヴォルト社から出版された。『観察』という本である。活字はテルツイアというもので十六ポイントの号数の古称だそうだ。
 吉田仙太郎氏が、そのカフカの原本に近い形の日本語版を高科書店から翻訳出版している。この話もそのなかの栞に吉田氏が書いてあるのを引用しているだけで、私はそのローヴォルト社本を眼にした事はない。
 カフカ自身はこの本について「・・・いささか過度に美しいし、私のまやかしものよりも、むしろモーセの十戒の石版にふさわしい・・・」という感想を書いているそうだ。(同栞より)
 その美しい本の多くは、ナチスの業火に焼かれたのだろう。

 明治の文章は蚤の頭のような字で印刷されたもので読んでは、どうも面白みが無い。
文学作品に限らず、例えば中江兆民先生の文章でも、また幸徳秋水の文でも、ゆったり組まれた形で読めることが望ましい。
 良書出版の鑑である岩波文庫が、さらに工夫して、読みやすさの点で文春文庫などに負けぬ版型になってほしいものだ。
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by zo-shigaya | 2007-12-09 12:33