ん、誰か呼んだ?


by zo-shigaya

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(承前)
 ユダヤ人問題についての専門家でもある内田教授は、線形方程式のもたらした恐るべき歴史的惨禍を教示してくれる。
 「すべての結果には単一の原因があるという考え方をする人間は、そうすることで知的負荷を軽減することができる。だが、この怠惰を「頭が悪い」と笑って済ませる気には私はなれない。「頭の悪い人間」のもたらす災厄を過小評価してはいけない。」
 その恐るべき災厄とは次のようなものだ。
 「1918(正確には1917年〜引用者註)年にロシア革命でロマノフ王朝が倒壊したとき、人々は巨大な帝国があっという間に崩壊したことに一驚を喫した。そして「原因=結果」の線形方程式で歴史過程を考想する人々はこう考えた。
 「歴史的な規模の帝国の倒壊という劇的な結果は、世界的な規模の帝国を倒壊させる力を持った<何か>がによってしかもたらされない。」もちろん、そんなものはあたりを見回してもどこにも存在しない。苦しい推論の結果、彼らは次のような結論に導かれた。「ロシア帝国以上の政治的力量と財力と官僚組織と軍隊を備えた<見えない帝国> が存在するという仮説以外にこの事態を説明できるものはない。」人々はそうやって『シオンのプロトコル』の誇大妄想狂的な世界像を信じ、やがてそれは600万ユダヤ人の<ホロコースト>に帰結することになった。」

 この指摘から、書庫に走っていって、あらためて読み直したものがある。それは、私が学生時代に読んだ(と思っている)、そして影響を受けた(と思っている)カール・ポッパーの著書『歴史主義の貧困』(中央公論社刊)である。そこには、以下の冒頭献辞が書き記されていた。

「歴史的命運という峻厳な法則を信じたファシストやコミュニストの犠牲と なったあらゆる信条、国籍、民族に属する無数の男女への追憶に献ぐ」

 この2行の献辞が示している悲劇と、それに込められたポパーの無念な思いと哀惜について、22歳の俺は、深く思いをめぐらすに至らなかった。なんという不明の至りだ。

 ポッパーがこの書で展開した「歴史主義Historicism 」批判とは決定論的歴史観への批判である。その所論は、極めて大雑把に要約すれば、“すべての歴史理論は社会法則として唯一絶対的な真理であることを主張することは絶対的に不可能である”、ということだ。社会理論は自然科学の理論とは根本的に違って相対的な真理としか主張できない。特権的、絶対的な社会理論は成立しえない事を指摘した。今なら誰でも考えることだ。
 ところが、1960年代の日本ではまだ史的唯物論がその理論的優位を失っていなかった。だからポパーの主張は、マルクス主義理論の無謬性に敵対するものととられ、反動の思想扱いであった。
 ポパーを読む人は、マルクス主義へのポレミークという事に頭を奪われて、この冒頭の2行が意味するところを正確に捉えることが出来なかったのだ。今、心静かにポパーの本を繙けば、公式的マルクス主義への糾弾などというけちな狙いで、それこそ党派的な下心で、唱えたものではないことが判る。
 本を正しい文脈で読むという事の難しさである。

 ポパーは1902年オーストリア・ハンガリー帝国のヴィーンに生まれた。そして彼がこの書の基本的な構想を得たのは1919年から20年の冬である、と回想に書いている。
 1918年に彼の祖国は崩壊し、革命の嵐が吹き起こる。極めて鋭敏に生まれついた少年の眼は歴史的命運という妄想によって生まれる悲劇を目のあたりに見たのである。
 さらに、1938年オーストリアはヒトラーによって「併合」(アンシュルス)される。ポパーはその前年、1937年ニュージーランドに亡命する。
 これだけで、彼の言う「歴史的命運という峻厳な法則」とはマルクス主義とファシズムの両方を指していることは明らかであるし、また彼の仕事は、それらに対抗した特定の思想を持ちだすことではなく、科学的真理という名目で持ちだされる「法則」が、果たしてその主張にふさわしいものかどうか、を判定する検査の物差しを作ったのである。「反証可能性」という物差しである。

 1960年代の日本においていかにマルクス主義の史的唯物論が権威を持っていたか、は、私にポパーの存在を教示してくださった、ほかならぬ久野収先生でさえ、アイザー・バーリン、レイモン・アロンと共に、「20世紀におけるマルクス主義の3大敵手」という言葉で評しておられたという事実で十分だろう。この当時の日本でのこの3人に対する批判のラベルは「反共思想家」であった。
 私がポパーに取りついたのは、久野収先生の「敵手」論を聞き、その口ぶりから、おそらく先生の本音は、「真理はここにある」ということだろう、と感じて、一人で勝手に「OPEN SOCIETY AND ITS ENEMIES」を読んでいただけだ。文字表現だけでは伝わらない妙味だ。謦咳に接することで始めて判ること、というものがある。
 今から振り返れば、20世紀後半の日本の思想状況が強固な進歩主義と、さらに左翼幻想からくるパルタイ信仰の香煙に覆われていたことを感じる。このマルクス主義理論への素朴にして過度な傾倒は同時期の欧米の思想状況からすればアナクロニズムとも言われかねない有り様であっただろうが、なぜ、かくもマルクス主義は唯一無二の大黒柱にされたのだろうか。
 多くの国民が等しく酷い目にあった日本軍国主義というファシズム、その再来を封じ込める唯一のお札がマルクス主義である、という強固な思い込み、期待が強すぎて、少しでも反マルクス主義的口吻がうかがわれるものに対して、強烈なアレルギー反応を起こし、拒絶したものなのだろうか。

 ポパーは、政治権力としてのマルクス主義国家〜ソ連、中国、東欧諸国への党派的批判者ではなく、まさに手を変え品を変えて現れる、線形方程式信者、全体主義者に対する最大の理論的敵手なのである。
 現在の最も兇悪な全体主義者とは、グローバリストの事であることは付け加えるまでもあるまい。

 内田樹教授の御指摘に戻れば、教授は以下のように言う。
「しかし、「蟻の一穴から堤防が崩壊する」ということは、逆に言えば、堤防が決壊する前に「蟻の一穴」を塞いでおけば何も起こらなかったかも知れないということである。」

 至言である。
 そして、これこそまさにポパーの主張する「漸進的社会改良主義」piecemeal social reformationである。

 土台ごとひっくり返す「革命」でなければ社会は進展しないし、「改良」は革命に恐れおののく臆病者の時間稼ぎのごまかしの態度であり、権力を延命させる反革命である。しぶきをあげて迫る大洪水であちこちから水が吹き出している堤防は、一気に決壊させた方が、より良い沃野が生まれる、という主張に対して、ポバーの社会改良主義、蟻の一穴を塞ごうという主張は、姑息な反革命的行動である、と批判された時期が、信じられないだろうが、あったのだ。

 そのどちらを取るかはその時の判断であるが、その判断はあくまでも科学的法則で保証されたものでもなければ、歴史的法則の当然の帰結などと言うものではない。だから、誰でもがそれについて議論する自由と権限を持っている。それがポパーの主張である。
 内田教授の言われるとおり、線形方程式の呪縛は、知的負荷を軽くしようとする人間の怠惰に根ざしているから、容易には解き放つことは難しい。常に手を変え品を変えて立ち現れることであろう。
 我々は、判りやすく、簡単に、ワンフレーズで、すべてを言い尽くそうとする人間を警戒する文化を身に付けねばならない。
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by zo-shigaya | 2006-01-27 15:24
 今を去る4ヶ月以上前、時事問題に対して行なった予想の、ものの見事にはずれた事に深甚なるショックを受け、ブログの更新はおろか精神のバランスさえ失いがちな日々を過ごしてきた。
 人間はだれしも将来に対する漠然たる、あるいは決然たる予測をもって生きている。踏み出す先の地面が凸凹か滑らかか、までは判らなくとも、ともかく地面が続くという確信、予想のもとで生きている。それを一気に突き崩す最大の衝撃は地震という天災であるが、9月11日の衆議院選挙の結果はそれと同じ位の衝撃を与えてくれた。踏み出した先には、黒々とした深淵が口を開けていた。なまじごく内輪のブログという場での予想にすぎないが、逆にそれ故にか、書いてしまった事への責任がある。
 誰も責任を取れ、とは言わないけれど、(言われても取りようがないが)自分の知的な部分に対する誇大な自信があるものだから、それへの信用の失墜は耐え難いわけだ。
 基本的に真面目なのだ、ワシは。諸君ら同様に。

 なぜこのような結果が起きたのだろうか。それ以来、寝ても醒めてもその原因を考えて来たが判らなかった。小選挙区制では小さな投票行動の変化が大きな変化を生む、という制度のカラクリに結論付けるだけではすまないような気持が残る。
 政治の結果について原因の特定は不可能なのだろうか、「原因=結果」をつなぐ輪にはなにか不可知な函数が入るのだろうか。そんなところにまで考えを広げていくと、ナチスの脅威からブラジルに亡命し絶望のうちに自裁したシュテファン・ツヴァイクの心境が思いやられてとめどもなく憂欝になった。危ないところだ。

 こんにちに至っても、その「腑に落ちなさ」の感情は同じであるが、年末に05年2月の内田樹氏のブログをプリントしておいた紙片を見つけて読みかえしているうち、やっと精神のバランスが回復された。そこにはこうある。

 「私たちは『原因と結果』ということを簡単に口にするけれど、『原因』ということばは『とりあえず原因が判らない場合』にしか使われない。このことに気づいている人は少ない。」(内田樹ブログ2005年2月17日「原因」という物語)
 
 このブログは05年2月に起きた「教職員殺傷事件」の報道に見られる“なんでこんな事件が起きたんだ、学校の管理責任はどうなっているんだ”という「悪いのは誰だ?」という問いの形式で報道する姿勢、「他罰的枠組みによる報道姿勢」への批判として書かれたものである。

 内田氏は言う。
 「「悪いのは誰だ?」という問いが有効な場面は、人々が信じているよりもはるかに少ない。」何故ならば「そのような問いが有効なのは、「線形方程式」で記述できる状況、つまり入力に対して出力が相関する「単純系」においてだけだからである。現実には、人間の世界のほとんどの場面は、わずかな入力の変化が劇的な出力変化をもたらす「複雑系」である。出力(=結果)が劇的なカタストロフであることは、結果と同規模の劇的な入力(=原因)があったことを意味しない。「蟻の一穴から堤防が崩れる」これはプリゴジーヌのいう「バタフライ効果」と同じ意味のことである。」(同上)

 まさにその通りだ。そうだったのだ。俺は知らぬまに線形方程式のとりこになっていたのだ。このことに深く納得する。プリゴジーヌについてはリーアン・アイスラーの『聖杯と剣』においても、立論の重要な理論的支柱として引用されていたし、解説書も読んだことがある。それでいて今回のような事態に対して、持ち出せない、思いだせない、情けない。

 言うならば、気が付かないうちに「歴史の進歩史観」にはめられていたのだ。
 努力したものは報われる、正義は最後に勝つ、正直者は得をする、寝ていて人を起こすな、というのは道徳律であって、因果律ではない。
 可能な限りの変化を予想し、出てくる結果に素直に従いながら、どこで次のバタフライが羽根を開くのか、どのような形でそのエネルギーが廻ってくるのか、開いた眼で見届けていなくてはならない。眼を閉じてお念仏を唱えるのはまだ早い。
 昨年の事態において確認しておくべきことは、これだけの大きな政治変化(政界変化か)を生むにあたって使われた入力エネルギーは、出力に比べればきわめて小さいものであった、という事実だけだ。
 そして、これに加えて、所詮、世の中、どっちへ転ぶか分かったもんじゃねえや、という覚悟である。
 これが一番、重要な事なのだ。
 つまり、ブリゴジーンのカオスの理論は、小さな変化が大きな変化を生む仕組みを示しているが、その動きが必ずしも、アイスラーの、あるいは私の希望する方向に動くとは限らない、という事実、これを認めない限りは、どこまで行っても「科学的と僭称する歴史的決定論」から足抜けできないことになる。
 自然科学の法則論は無情、無機質、無方向なのだ。いわば限定された「空間」での法則である。それを社会法則に適用しようとするときには、その空間に「時間」軸を持ち込むことになる。「空間」に「時間」を混入させることは、科学の視座から別の視座に移ることになる。
 今、初めてそのことを実感した。今日まで生きていてよかった。学問をしていてよかった。

 内田氏いわく「私たちの社会で起きるさまざまな事件のほとんどすべては複数のファクターの総合的な効果であり、「単一の原因」に還元できるような出来事はまず存在しない。」

 無数の複合した原因がある、その事を素直に、敬虔に、驚きをもって受けとめねばならないのだ。自分には思いも由らなかった原因があったんだ、それも沢山、と。
 結果についてがっくりするのは、今回はまあ当然な事情があるとしても、それを差し引いて、もう少し突き詰めてこの落ち込みを考えると、人生ってさまざまな事が起きるんだ、という覚悟が薄くなっている、どうかすると無くしてしまったのではないか。その覚悟の無さが、落ち込みの真因であるようだ。

「この天地には我々の哲学に思い及ばないものが多々有るだ、のう、ホレーショ」(シェークスピア「ハムレット」)

 おいらはすっかりヤキがまわってしまったぜ、おい。
 これがすべてを言い尽くしている。

(この項は、続きます。)
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by zo-shigaya | 2006-01-24 14:53

三人吉三

 新春を寿ぐ江戸大歌舞伎の演目に河竹黙阿弥『三人吉三廓初買』があります。名せりふ「月も朧(おぼろ)に白魚(しらうお)の篝(かがり)も霞む春の空、つめてえ風もほろ酔いに心持よくうかうかと、浮かれ烏(がらす)のたゞ一羽塒(ねぐら)へ帰(けえ)る川端で、棹(さお)の雫(しずく)か濡手(ぬれて)で泡、思いがけなく手に入る百両」、
(ト懐の財布を出し、にったり思入れ、このとき上手にて、厄払(やくばら)いの声しておん厄払いましょう、厄払い、厄払いと呼ばわる)
「ほんに今夜は節分か、西の海より川のなか落ちた夜鷹(よたか)は厄落とし、豆沢山(まめだくさん)に一文の銭(ぜに)と違って金包み、こいつあ春から延喜(えんぎ)がいゝわえ。」

 このせりふを声色で真似したりするのは大好きですが、色と欲のドロドロ模様の黙阿弥の芝居じたいはあまり見たくありません。むしろ嫌いです。歴史的作品としては評価しても、それこそ金を払ってまで見に行きたいとは思いません。身近なところにそんな実例がごろごろしているから。

 二年程前、「金で買えないものはない」などとワルぶったセリフが大々的に報道されたのを見たとき、そんな話をした経営者の人格よりも、むしろこの程度の放言を、本気で受けとめて記事にするジャーナリズムのナイーブさ、幼稚さが不思議でした。結局この報道が大当たりして、学校では「お金で買えないものを10挙げましょう」などという勉強までしなければならないそうで、実にご苦労様というほかない。
 なぜこの程度の放言を、目を剥きだして大仰に報道するのだろう。報道する側からすれば、国民がそれを欲するからである、と言うだろうか。
 しかし、私たちの身近にいてそんなセリフを得意そうに吐く子供は仲間うちから村八分になるだろうし、社会人でそんな奴がいたら、職場や友人仲間で尊敬されない存在に決まっている。つまり取るに足らない人物と評価されるに決まっている。それを30代の経営者が口走れば、なぜ日本のマスコミはひきつけを起こしたようにして書き立てるのだろうか。ワルならワルらしく黙阿弥程度のセリフをしゃべれよ、と言うことだし、もしも報道が「平成のワル」としてのイメージ作りをしたいのなら肝心の、蓄財の悪の構図をもっと詳しく暴いたら良いではないか、と感じたものでした。

 見栄も毒も無いサル芝居に東京地検が乱入して2006年の新春からジャーナリズムを賑わしています。
 連日の報道を見ていて、昨年の月刊誌「世界」連載の辛口コラム「経済社会戯評」がすでに的確な解説をしていたことを思い出しました。それもまさに上記の黙阿弥作品に見立てて『金儲け三人吉三巴白浪』と題されています。
 筆者は朔北胡茄というペンネームで(なんと読むのかフリガナはない)毎号寸鉄骨を刺すような面白さで愛読者は多いのでしょうが、なにせマイナーな雑誌(失礼!)への掲載ゆえ広く人目に触れる事が少ないようなので、以下にその内容を御紹介しておきます。詳しくは「世界」の2005年8月号190p以下を見てください。つまり、あのおぞましい!!コイズミ選挙の前に書かれたものです。

 「平成三人吉三」のお3人とは、国税庁「2004年高額納税者名」の公示で「だんとつ」1位の清原達郎、村上世彰、そして堀江貴文さんという面々です。いづれ劣らぬ顔ぶれであります。

 朔胡氏の結論を先に御紹介すれば、ライブドアは「グリーン・メーラーだ」とズバリと指摘しています。
 緑のお手紙人?、さてそれはどういう職業でしょうか?
「日本の公開株式会社が総会屋を生み、アメリカのそれがグリーン・メーラーを生みました。いずれもダーテイな職業です。」
 明快です。つまり堀江は成りを変えた、アメリカ仕立ての総会屋だ、ということです。
 日本では「総会屋は少数の株券を持って株主総会で会社に対していやがらせの発言をすることをほのめかしたりして会社から金品をえようとします。また雑誌類を発行して会社のいやがる内部事情を書くなどして、これを高く買い取らせます。大物になると、こうした株主総会のゴロを抑えて総会をスムーズに運営するよう株主総会をリードするなどして報酬をうるものです。これは商法改正によって刑事罰となりました。」
 そうでした。この罰則で総会屋も封じこめましたが、一方で企業の株主総会担当役員が罪をかぶったケースもありました。
 さて、これに対してアメリカの「・・グリーンメーラーとは狙った株を高利で集めた金で買い集め、会社を脅して高値で買い取らせるものです。ブラック・メール(恐喝状)に掛けてグリーン(南北戦争の時発行した紙幣の裏が緑であったところから紙幣を意味する)・メーラーといわれています。」
 そして「グリーン・メーラーは堀江貴文さんです。ニッポン放送の株を買い占め、結果としてフジテレビに買い取らせ、大儲けをしました。グリーン・メーラーそのものです。」
 ここまで読んでも、ふ〜ん、そういうもんか、日本ではまだ法が未整備だもんな、と他人ごとの気持が残りますが、実はこのコラムの凄さは次の指摘です。
「堀江さんはライブドアの株2.2億株余り、全体の36.43%を所有しています。(勿論このコラム執筆時点*引用者註)いま1株300円とすると時価660億円となります。どうしてこれだけの資産を短期間につくることができたのでしょうか。税逃れはどうして可能だったのでしょうか。それは『世界』の5月号で上村達男早大教授が指摘しているように、刑事罰にあたる行為によってでしょうか。」
 問いかけで締めくくっていますが、その問いの7ヶ月後に東京地検が解答を出してくれる作業に取りかかった、ということでしょう。最終的なお答えは、国税庁かな。

 さてせっかくですから、あとのお二人の吉三さんについての評価も見ましょう。
 マスコミが「サラリーマンの億万長者」と報道した清原達郎氏。「清原さんはサラリーマンなのでしょうか。私にはそうは思えません。」と経歴を紹介する。
 81年東大卒野村証券勤務、アメリカ駐在も経験の後、アメリカの投資銀行ゴールドマンサックス東京の転換社債部長、そしてモルガンスタンレーの財務戦略部長。その後スパークス・アセット・マネージメントの投資信託の運用部長を経てコンサルタント会社「タワー投資顧問」とつくった人、だそうだ。
 この日本企業のスパークスに、初めて、アメリカ最大の公的年金資金(カルパスーカリフォルニア公務員年金基金)が入り運用をまかされたようで「その企業の投信の運用部長が清原さんかもしれません」と慎重な記述があります。
 氏は96年に「タワーK1(ワン)J」なる投信をスタートさせる。Kは清原、一号ファンドのこと、タワー社はこの清原ファンドのための会社で、現在(05年*註引用者)社員15人で社長は谷村という人になっており、この人が二億円の資本金の1.2%240万円を持っているが社員全員は清原氏のために働いているのが実態。清原氏は運用部長となっているが、会社の事実上の運営者である、という。新聞が「サラリーマン」と報じるのは正しくないわけです。
 さて納税額約37億円推定年収約100億円のこの方の収入源は何か。「03年9月の投資顧問会社要覧によれば清原ファンドでは年金資金10億円の運用にはその0.42%が基本報酬として支払われる、とあります。420万円です。20億円の年金資産の運用を頼むと、10億円を超える分には0.27%、つまり270万円が加わり690万円となり料率は逓減されます。100億円の資産運用では年2010万円、これを超えた額には0.12%が加算されます。契約資産額に応じる基本料金です。96年現在運用資金は192億円、運用の成功が機関投資家の資金を呼び込み02年340億円、03年860億円、現在(05年)2600億円といわれ、これらから基本料金ともいわれる収入が入っています。」
 しかしこれだけでは100億円には不足ですから当然それ以外にあるわけで、「第2の、そして重要な収入源が成功報酬です。・・・利益の20%が成功報酬とされています。」
 預かった資産を運用して得た利益の20%が会社に入るという。それをどういう比率で分配するのかは分かりませんが、03年「タワーK1J」が103%の運用利回りを実現したときには清原氏は納税額8億557万円、推定所得21億円、02年には納税額3億9718万円、推定所得11億円、であったそうです。
 と筆者は実にこまかく所得と納税額を挙げておられます。もう堀江さんについての結論を読んだ私たちにはなぜここまで書くのか、が分かりますが、このコラムニストの文章の構成は実に良く計算されたものです。
 このタワー投信顧問が、ではどのような資金運用をしているのか、「割安な株を探し出し、それを買い、値上がりした時に売る、という手堅い運用のようです。選ぶ銘柄は人々が気付かない中小企業の株式が多く、どこの企業がどういう状態かをスタッフが丹念に調査し、その上で行動するというもののようです。」
 なるほど、株取引の王道であります。で面白いのは次のところです。
「おそらく清原ファンドが売買する株の会社名は『世界』の読者には無縁でしょう。オーハシテクニカ、カッパクリエイト、藤久、秀英予備校等々・・・です。」
 カッパクリエイトは回転すしチェーン大手、オーハシテクニカは自動車部品メーカー、藤久は手芸洋品店チェーン大手だそうです。おっ、良い事聞いた、私も真似をして買ってみようかしら、と色気を出す読者に、筆者は静かに忠告します。なんて親切なコラムニストでしょう。さすが『世界』の御用達です。
 「もちろん清原ファンドが安く買った時には安く売った人がいます。高い値段で売った時には高い値で買った人がいます。したがって清原さんが得をした時には損をした人がいます。1900(ママ)年代以後株式市場での売買は、プロ筋の利益、素人筋の損が続いていることを思うと、『世界』の読者が清原さんをマネて手を出すことは危険です。」

 さらに、いま現在のボーダーレスな資本の流れを『カルダンのコタツ蒲団』@現象という名言で説明します。
 つまり清原ファンドの資金源は外国の企業の金です。ゴールドマンサックスとかチェース(ロンドン)などの資本なわけですが、これらの世界の機関投資家が回転すしチェーンのカッパとか予備校チェーンなど、見たことも聞いたこともない状態で投資をし利益を上げているわけです。カルダンがコタツなるものを知るわけも無いまま、日本のデパートで「カルダンのコタツ蒲団」が売られていると同じような現象が起きているのです。
 「市場というものが、いかにいいかげんなものか、それとも利潤を求める資本の力が、いかに奇妙であっても、どこでも入り込んでいくかに感心すべきものなのでしょうか。」

 さてこの清原ファンドが、一応悟り済ました態の「和尚吉三」だとすると、村上ファンドは、もう無法無体な「お嬢吉三」です。長年内部蓄積をしている企業に目をつけて、押し借り強請ではなく、密かに株の買い占めを行い高配当を要求する手口です。
 2001年から2年にかけて内部留保金が1253億円あった婦人既製服の「東京スタイル」を標的にし静かに筆頭株主になり、705万8千株を保有したところで02年1月31日1株500円の配当を要求します。97年以来1株12円50銭の配当でしたからケタはずれな要求です。
 株主総会の多数獲得には失敗しましが、会社は配当を1株20円に上げ、さらに123億円を上限に自社株を買いました。これで株価は上がって村上ファンドは所期の目的を達します。
 さらに05年には大阪証券取引所、東京ソワールと狙いをつけそれぞれ増配と役員派遣などの”提案”を行ないます。(その後の阪神タイガース騒動でさらに有名になる)
 いずれも高値の条件を作りだし、保有株を市場で売って利益を上げます。すさまじい要求と、かつ理論武装でまくしたてるやり口に加えて、「村上氏が社長をつとめる会社の株の45%をオリックスが所有し、そのトップ宮内義彦会長の顔が見え隠れする」ことが、村上ファンドの特徴で、筆者はここでもずばりと言います。
「村上ファンドの特徴はグリーン・メーラーではありません。文字通り、脅しという意味のブラック・メーラーです。」

 買い占めた株を会社に買わせる手口のグリーン・メーラー「お坊吉三」堀江は、東京地検を口火に最後は国税局で年貢を納めることになるでしょうが、後の吉三さんたちの行方はいかがなものでしょうか。

 朔胡氏の明快な解説と、黙阿弥作品に見立てる鋭敏な文学センスには誠に感服します。幕末の悪たちが、舞台の上とは言え憎悪の対象とはならずに、むしろ江戸庶民の喝采を浴びてヒーローとなったのは紛れも無い事実です。
 今また、平成の「三人吉三」もその無法な振舞にもかかわらず、妙な共感や同情の中に包まれています。「ホリエモン頑張って〜」というメールが後を絶たないといいます。声援している御本人のお財布が空っぽになるかどうかという事よりも、その掟破りに共感がいってしまうという空気です。
 逼塞して、どこかが破れなくてはならない情勢なのでしょうか。
 朔胡氏はその臭いをはっきりと感じておられるようです。
 私には良く分からない。帰って幕末史を読んでみよう。
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by zo-shigaya | 2006-01-20 16:22